リノの南東、バージニアシティ。郊外の枯れた鉱山跡にSMIは退避していた。
洞窟横の岩山に、背を預けて三人で屈み込んでいる。もはやほぼゴーストシティと化した街明かりはなく、光は足元に捨てられていたものを点火したランタンだけ。それと、照明にもならないデイビッドがくわえる煙草の火。
あとは自然の明かり。星々と、いったん消えたあとに天で復帰した月だけだ。
「こんなとこでいいんですかね」デイビッドは案じた。「さっきみたいにもっと遠くへ行った方が……」
「サンジェルマンが勝てば、距離なんて無意味ですわ」
冷酷にヨハンナが返し、ファニーが付言した。
「ボスを信じるなら、合流を約束した以上そんなに離れない方がいいでしょうしね」
直後だった。
「いらねぇ配慮だな」
聞き覚えのある声が応じたのだ。
ランタンによって岩肌に踊るSMIの影。そこから一部が分離した。そいつは人型を作り、人間を出産する。
でっぷりとしたシルエット。モリアーティだった。
「ボ、ボス! どうやって!?」
驚愕する一同の中で、ファニーが問うた。
モリアーティは、懐から葉巻とライターを取ってくわえ、点火しながら答える。
「おまえらの影におれの影の一部を忍ばせたから、そっから出した影に本体を強制移動させたんだよ」
ぽかんとするSMI。伝わっていないと感じた大ボスは、葉巻を一息吸って付け足す。
「あれだ、影ってのは二次元だからな。例えばめちゃくちゃ細くてとんでもなく長い棒でも、先端部分からしか光当てねェなら影はただの点だろ。重なった二つの物体は一つの影になったりする。おれは影を優先できるから、一部のおまえらのと合わせたおれのを出せば、そっちを起点に三次元的な本体を完璧に再現できるって寸法だ」
女性二人はわかったように頷いたが、デイビッドは頭髪を弄りながら正直に吐露した。
「す、すいません。頭悪いもんで」
「ああもういい」ボスは手を振って諦めた。「ここにおれがいるってことが全てだよ」
「てことは、あのサンジェルマンに勝ったんですか?」
「おれが無事なら、そうなんじゃねえのか?」
「め、めちゃくちゃですね。宇宙の秩序はどうなるんスか」
「んなもん、おれたちクズが心配することじゃねえよ」
「ですわね」肩を落として、ヨハンナが賛同する。「宇宙調整者というなら、調整できずに負けたのが悪いんですわ」
「言うじゃねえか」
気に入ったようにニヤリと笑うモリアーティ。ファニーは、呆れながらも安心して共感した。
「まったく、ある意味似ていますね」
ところが。
「そうですね」
聞きたくない声音が、全員の耳に届いた。
「ただし、わたしは敗北していないので間違いがありますが」
岩山と対面する廃墟の方角。崩れかけた家々を背に、紳士的な声色の主人はいつの間にか立っていた。
紛れもない、サンジェルマンである。
「やれやれ」葉巻を捨てて、モリアーティは対峙する。「確かに、あそこの素粒子は全部影の中にあったはずだがな」
「今夜は星が綺麗ですね」
「あん?」
大ボスに構わず、サンジェルマンは満天の星空を見上げて続ける。
「あのとき月はなくなりましたが、もっと遠くの星々はありました。ようするに、完全な影だけではなかった。いったん星明かりの光子に身を移し、再生したのです」
「……てめぇもたいがい滅茶苦茶だな」
「お互い様ですね」
モリアーティは葉巻を踏み潰し、老紳士を睨み据える。
「第二ラウンド、始めんのか?」
「いいえ」
穏やかに、サンジェルマンは首を横に振って否定した。
「話を聞かない人だ。さっきもあなたが割り込んだときには、とっくにわたしは戦意をなくしていたのですよ」
マフィアたちが愕然とする。互いに顔を見合わせあったあと、ファニーが問うた。
「ど、どういうこと?」
そこで、サンジェルマンは明かしたのだった。
「ウィリアム・ガブリエル・リンドバーグを、ご存知ですね」