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Ucinaaikusa

「あ、危ねえ」

 砂浜に転がって、デイビッドは言う。同じような姿勢のファニーとヨハンナもそこにはいた。

 攻撃を食らう直前で、距離をゼロにした委員長がいずこかへと瞬間移動したのだ。

「どこですここは?」

 急いで起き上がってデイビッドは問う。


 一見したところ浜辺だ。かなりの暑さがある。

 海上には戦艦が、陸上には戦車や兵士の服と装備品が散らばっている。陸海双方からいくつもの黒煙が立ち上っていた。


「日本の沖縄よ」上司は教えた。「調整者は異能で宇宙の法則を乱すのを嫌うから、歴史が動きそうな逃走先なら関与したがらないんじゃないかって選択したけど。人間を消したとかいうサンジェルマンの発言に嘘はないようね。上陸戦の真っ只中だったはず」


「ですから、そういう可能性の世界なのですよ」

 答えたのは暗殺者たち以外だった。

 いつの間にかSMIの背後、砂上に直立していたサンジェルマンだ。


「まったく、怪物ですわね」ヨハンナが苦笑いする。「デイビッド、逃げるしかありませんわ。あなたなんでもできるんですから、元の世界に帰る手立てもあるはず」

「無茶ぬかすぜ」愚痴りながらも、彼は身構える。「実際、それしかどうにかする手段はなさそうだが」


「覚悟はできましたでしょうか?」


「できるわけねぇだろ」

 口だけでも威勢を放つデイビッド。もちろん、世界を超越する異能を発揮するための時間稼ぎでもある。

 だからダメ元で頼む。

「だいたい、差がありすぎなのは自覚あるんじゃねーのか。元の世界に帰すなりなんなりしてくれよ」


「それでは我々の戦いで無用な被害が広がるだけです」断ったが、サンジェルマンは意外な譲歩もする。「ですがそうですね、わたしはあなた達の異能を承知しています。こちらも明かしておきましょう」

 SMIは静まった。

 時間稼ぎにちょうどよさそうという理由だけではない。SSSランクの異能を知る機会などまずもってないのだから、純粋な好奇心もあったのだ。


「わたしの異能は〝素粒子操作モナドロジー〟ですよ」

 サンジェルマンは、気軽に語った。

「この世を構成する最小単位、素粒子を操る能力です。全てを止めれば時間も止まる、全てのものを素粒子レベルにまで粉々にもできますがそれ以下にはなりようがないので再生もできます。ミクロの世界では量子効果というものも働きまして、これによって瞬間移動や、過去や未来、別の世界への渡航も可能となっています。EPRパラドックスやタキオン、多世界解釈の話題になりますが、未来の理論なのでここまでにしておきましょう」


 無茶苦茶だ。だが、ヒントでもあった。


 コヨーテ・トリックスターで特定の異能を発揮するのに必要なのは、具体性のあるイメージだ。とはいえ、ファニーのものでさえ理解しきれなかったのがデイビッドである。

 子供の頃からギャング界隈に入った、ろくに学校で勉強もしていない不良だったのだ。未来の理論なんて紐解けそうにない。

 ――でも、やるしかなかった。


「よい決断です」

 サンジェルマンは称えた。

「意識は脳内伝達物質の働きで生成されるといいますが、それも素粒子で構成されます。この動きを読めば、他人の思考も知れるのですよ」

 テレパスみたいな真似もできるということだ。


「糞ったれ――」

 策略が筒抜けなことにSMIは戦慄し、デイビッドは吼えた。が、そこでまた身動きが封じられた。肉体を構成する素粒子を停止させられたといったところだろう。


「試してみましょう」

 サンジェルマンは、嬉しそうに一歩近づく。

「異能は意識で生成されるといいます。だから、思考はできるままにしておきますよ」

 さらに、二歩目を踏み出す。

「極限の状態で鍛えることで、進化するともいわれる。あなた方のもとまで約十歩。――もう八歩ですが、これをタイムリミットとしましょう」

 三歩目を踏み出す。

「十歩目で、あなた方を完全に抹消します」

 四歩目。

 デイビッドはサンジェルマンが話してる間もずっと、脳の血管が千切れそうなほど集中していた。かつて、こんなに頭を使ったことはないというほどに。


 五歩目。

 サンジェルマンは消え去った。


 違う。音と映像が戻ってきた。


 陸と海から砲弾が飛び交い、戦艦と米兵が日本兵と撃ち合う。復活した先から、神風特攻隊がアメリカの艦隊に次々と墜落しては巻き添えに爆散した。

 人がいなくなった世界になったために操縦士を失い落ちた零戦たちも、元に戻されたためにその事実をなかったものとして、もう一度自爆攻撃をしているのだ。


アメリカ人メリケンだ!」

 先ほど装備だけが転がっていた地点にも兵士たちが復活し、うち一人の日本兵がSMIへとがなった。

 途端、四方八方から日本兵の怒号と共に銃が向けられる。

ちょ、待っウ、ウェイト――」

 慌てて英語で制止しようとしたデイビッドが放てた言葉はそこまでだった。続きは、血となって口から溢れる。

「あなた、やっぱり!」

 血を吸う砂浜に四つん這いで伏す同僚を、ヨハンナが寄り添って支えた。

「マッテ、コウサンコウサン!」

 ファニーは片言の日本語でごまかした。両腕を高く挙げ、降伏を示しながら。


 もっとも、無駄だった。


 突然兵装でもない妙な白人が自分たちの土地の真ん中に現れては無理もないかもしれない。日本兵たちは、容赦なくSMIに発砲した。

 が、寸でのところで委員長の異能によって彼らはそこから消滅できた。

 取り残された兵士たちは驚いている暇もなく、米軍の銃撃に呼応して戦場に戻るしかなかった。

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