「よぉし、あと少しで
こうして現在。セルラオは疾走しながら呟いた。
ロボットにはワープ装置もある。ただし、起動には何分か掛かる。
逃げ切れば勝ちだ。
サンジェルマンの護衛がなくなったのは痛いが、一人で遊んで暮らすには充分稼がせてもらった。カモッラの部下たちには死んでもらったので、財産を分けてやる必要もない。計画が破綻した時点で彼はこの切り替えをしていた。
ルドルフ・へスも用なしだが、いざというときの人質だ。あるいはまだ安全に売れる相手がいれば金にもなる。
そんな思索をしているうちに、ワープエネルギーが溜まったと運転席の計器が示す。
さて、どこに行こうか。ここからは自由自在に移動できる。
と、目前。道路の中央にいきなり三つの人影が立ちはだかった。
ロボットの暴走に恐れをなしてことごとく車は道から退いていたのに。いきなり現れたのだからそれ以前の問題で、何より、セルラオには直感的に正体が見抜けてしまった。
とっさに急ブレーキをかけ、三人のすぐそばで停止する。
違う、止められた。ワープ装置ごと。
可愛いファニー・アダムスだ!
三つの人影はSMI。ファニーとデイビッドとヨハンナだった。
「ちくしょう、土壇場で!!」
操縦席の機材を叩いて、セルラオは悔しがる。
「悪運もここまでだな、資本主義にわいた蛆め」
ヘスが罵倒する。
「移動に関するエネルギーをゼロにしたわ」ファニーが大声で警鐘を鳴らした。「ヘスもパンくずの案内ご苦労さま、お蔭で方向のヒントになった。あとは距離をゼロにして追跡するだけで済んだもの」
「なに、どういうことだ!?」
嫌な仄めかしにセルラオが後ろを窺うと、ヘスは半透明だった。
予感から、操縦者は後部にあるカメラで来た道を確認。運転席のモニターに表示した。
ロボットが破壊したり、あるいは恐怖で自ら退いて車道の両脇で停車している残骸たちを差し置き、進んできた道中の真ん中にはぽつぽつと何者かがいる。
裸の人だ。
カメラの望遠機能で拡大すると、極度に像が薄れた
「貴様!」
後部座席に身を乗り出し、セルラオはヘスの襟首をつかんだ。
「分身をばら撒きやがったな!! 連中の狙いはてめぇだろうに!!」
「ちょっとは自分の頭脳も使えるか。なら、チンピラより連合国の捕虜の方がましともわかれよ」
ナチスの元副総裁は皮肉った。
ルドルフ・ヘスは自分の分身を生み出せる。ただし本体は必ずいなければならず、分身体とは存在感を分割せねばならない。
分身からさらに分身を生むこともできるが、その存在はさらに分割される上に生成元にしか再統合できない、という異能としてはランクの低いものだ。
逆に応用もできる。
本体はあくまでロンドン塔で捕まっている。
重要な知識を分身に託して脱走していたが、肉体的なダメージを受けずかつ物体の分子間を透過できるほどに希薄化したものをさらに分割し、ロボットの移動中に目印としていくつも落としていたのだ。
それをSMIが察知し、追ってきたわけである。
「さて」
デイビッドが脅迫する。
「どうするセルラオ。降伏するか、スクラップから引きずり出されるか。好みのコースを奢ってやるぜ?」
セルラオはヘスを内壁に叩きつけ、正面に居直った。
ない頭を振り絞って事前にサンジェルマンから得た情報を頼りに策を練る。
落ち着け。とりあえずロボット内部を覗けないのだから、知覚範囲の意思ある存在の幻覚を現実にするヨハンナの影響は受けない。
問題はコヨーテとファニーだが、今のセルラオは彼等と同格のSランク相当。
なんとかなる!
論決し、彼はボタンやレバーを操作した。
ロボットが、構えた両腕を武器に変形。SMIに向けた。
「往生際が悪いですわね」
ヨハンナが一言発することができただけだった。
有無を言わさず、円形に並ぶ複数の銃口が回転する。ガトリングガンだ。
銃弾の嵐が至近距離からSMIを呑んだのだ。
と、思われた。
全弾、標的に命中する寸前で落下。地面に散らばっているだけだった。
慮れば当然だ。
セルラオファミリー五十人のトミーガンを防いだ三人である。
しかし。
「まだ玩具を弄りたりねぇのかよ」
デイビッドが頓狂な声を出したのは、硝煙が微かに晴れた隙間から覗いたロボットがさらなる変異をしていたからだ。
胸部のパーツが大きく展開し、巨大で丸い半球形のレンズのようなものを露出させている。
「死ねッ!!」
セルラオの絶叫と同時。レンズは光を放った。
たちまち、極太の光柱がSMIを包む。
アスファルトを融解し、車や建物を貫通。リノアーチを巻き込み地平線の彼方まで、光速で真っ直ぐ万物を焼きつくす。
ロボットに搭載された最大最強の兵器。
荷電粒子砲だった。