セルラオの超科学は、科学的な仕組みを理解できなければ活用しきれなかった。だからこれまで、はっきりいって頭のよくない彼にはろくな効力を発揮できなかったのだ。
異能を身に着けたのも、不良として踏み込んだ裏社会での流言を馬鹿正直に信じ込み、それをヘラヘラと洩らし先輩が、鉄則破りの制裁で無様に殺されるのを物陰から目撃したためだった。自分は賢くありたいとの願いが超科学を与えたのかもしれないが、脳みそは進歩してくれなかった。
とはいえ、転機は唐突に来訪する。
マフィアに属するもしのぎも上手くいかず、末端の構成員として出世も望めずにこき使われる日々に嫌気がしていたセルラオが、バーのカウンター席で酔い潰れていたときだった。
妙な老人が隣席に座ったのだ。
白髪は頭頂部が禿げ、長い顎ひげも白く、目つきは優しく、医者みたいな白衣を着て眼鏡を掛けていた。
老いた外見のわりに背筋が真っ直ぐで、やたらと姿勢がいい彼は、親しげに提言してきたのである。
「科学と異能の発展のため君に協力をお願いしたいんだが。もちろん礼は弾むよ」と。
東海岸の俚言が残る発話の、疑わしい誘惑だった。
だが、日向のマフィアにおいて扱いきれない異能を駆使し簡単な構造の日用品を作る程度でどうにか評価を維持していたのがセルラオだ。異能者であることすらめったに感づかれないのに、見抜かれた時点でただ者ではなさそうだった。
さらに、デモンストレーションとばかりに老人はすぐ案を実行した。
セルラオは拳銃の設計図を提示されたのだ。もっとも、普段ならそんなものを参考にしても製作などできはしない。
なのに、次に気づいたときセルラオはバーの便所の洗面台で、さっきまでは無かった拳銃の実物を所持していた。
水道の蛇口は紛失して断面から水を噴出しており、「そいつを材料に超科学で銃を組み立てたんだよ」と鏡面のセルラオの背後で老人は説明した。
彼は、ガブリエルと名乗った。
どうやら
「老生は科学者でね」ガブリエルは改めて取引を持ちかけた。「君には他者との複合で能力をどれほど増幅できるかの実験をする被検体になってもらいたいんだ。報酬として、そういう銃みたいに製造できた玩具はくれてやろう」
行き詰っていたセルラオには、願ってもないチャンスだった。催眠に掛かっている間の記憶はなくなるとのことだが、そのときしていたことの記録はしてもらうことを条件に了得した。
そこからは、麻薬や銃火器や金銀財宝などの裏社会の取引に便利なものをガブリエルの助力で次々と製造。元手に幹部へと成り上がった。やがて独立し、もはや弱小だがカモッラのボスだ。
ただ、変化がひと月ほど前に起きた。
突然、サンジェルマンがセルラオのもとを訪れたのだ。入れ違いのようにガブリエルは失踪したが、今度はSSSランクが助けになってくれた。
彼がしてくれることといえば、セルラオを護ってくれるだけだったが。
なんでも狙いはガブリエルらしく、あの老人と接触していることを突き止めて来たそうで、再来までそばで待たせて欲しいとのことだった。
セルラオにとって詳しいことはどうでもよかった。とりあえず宇宙調整者が来訪したのなら、宇宙の存亡に係わる異能者の問題といったところで、ガブリエルが原因の一つなのだろうという程度だ。
もはやセルラオは高飛びくらいしか考えていない。あとは、去り際の老科学者がこれまでの超科学を結集して置いていったロボットで最後の大金だけでもせしめるつもりだった。
かくして、あらゆる通信をも盗聴できるロボット内の超科学で彼は金蔓を探した。そして、幸運にも近辺にルドルフ・へスの分身が脱走の末に潜伏中であるとのOSSの交信を傍受。
探知機能とステルス装置も搭載しているロボットで接近し、連中より早く密かに捕らえるだけなので簡単だった。セルラオを雑魚と見下し警戒していなかった周囲の状況も味方した。
なにせ、世間でろくに評価さえされていなかった異能者だ。それが、ガブリエル曰くSランクに匹敵するようになれる機能のロボットを所有し、攻撃されてもサンジェルマンが鉄壁の盾となってくれたのだから。