「あのペテン師め!」
セルラオは吸っていた粉を、それを包んでいた紙ごと床にぶちまけた。
寝間着姿の優男。例の人型兵器の操縦席で眠気覚ましにやった薬は、さほど効果がなかった。
「サンジェルマンの野郎! なにが遅れるだ、ふざけやがって!!」
さっき捨てた紙片をちらと確認し、彼は吼える。
〝急用ができたので支援が遅れます〟なる旨を伝える簡単な手紙だった。
サンジェルマンの署名入りの。
これがSMI襲来直前、寝ようとしていた彼の頭に落ちてきたのだ。
敵襲はサンジェルマンの情報で把握していたが、彼を当てにして安心しきっていた。
それでも念のために用意していたプランに従って部下に時間稼ぎを命じた。間に準備を整え、パジャマ姿だが逃げられたというわけだ。
「チャイナホワイトはやめとけ、復帰が地獄だぞ。いや、どのみちここで地獄行きか」
彼が掛ける座席の後ろで、誰かが警告した。
「てめえも死ねば地獄に落ちるだろうに、なにを吠えたいナチ野郎?」
セルラオは返す。
背後の声は答える。
「時間なんて関係なく行動できるあいつが手紙をしたためる暇があるなら、支援なぞ容易くできるはずだろう」
「裏切ったとでも?」
「手を貸した方が不思議だ。疑いもなく甘えていたおまえがめでたいんだよ、異能も活かせなかったわけだな」
「異能を活かせず捕まったのがおまえだ。サンジェルマンに見張らせてたときにおれの伝記でも読んだか、ルドルフ・ヘス」
車のようにロボットについていたバックミラーを、セルラオは覗く。
後部座先にいた、高齢の太い眉を持つ男と視線が合った。
いくぶん厳つい顔立ち。ナチスの将校服を未だ纏うややふくよかな体格の彼は、まさしくあのルドルフ・ヘス当人だった。
「……超科学を助力なしに活かせなかったのは間違いねぇが」
返答がないので、セルラオは一人でしゃべりだす。
「サンジェルマンを警戒しなかったわけでもねえよ。よほどのことがなきゃ調整者が簡単に部外者へ肩入れしないことくらい知識にある。連中は
進路上のどの車よりも速く走り、邪魔なものを弾き飛ばし小さな建物も壊すロボット内で、勝ち誇る。
「――無事脱出できてる。急な支援打ち切りにもかかわらずな。とんずらこきゃあ、サンジェルマンもいらねえ。高飛びして気ままに暮らせるだけのもんは入手してる」
「部下たちをおとりに見殺しにしてか?」
責めるようなヘスの眼差しと、鏡越しに衝突する。
「言ったろ」セルラオは、心から笑った。「利用できるもんは使い捨てりゃいい!」
曲がり切れなかったので、ビルの端を削って爆走する。
このロボットは未知の合金でできている。現状、日向の地上にあるどの金属よりも硬い。運転用には単純なハンドルや操作盤があるくらいであとは彼特有の異能を発する脳波を解読する仕組みが、難解な操縦も不要に願った挙動を反映してくれる。
これら装備も構造もすべて、ある人物から教わった設計図を基に構築されているだけで、詳しくは彼自身にも解明できやしないが。