「おいしぃ~!」
数日後。隣街のカフェでワッフルを頬張ったアリスが、頬を押さえて幸せそうに感想をもらした。
「喜んでもらえてよかったぜ」
テーブルを挟んで対面する席で、デイビッドが穏やかに見守る。
「そりゃ嬉しいよ」少女は喜色満面だ。「ヨハンナにもこのこと内緒なんでしょ?」
「ああ、誰にも話してない」
「うふふ、デートみたいだね」
確かに。周囲にはそんな客たちの姿もある。
休日の昼間だが、ビルの一階に設けられた小さなカフェだからか全体的に人影はまばらだ。二人の格好も別に着飾ってもいない。それでも、アリスは城にでもいるかのような様相だった。
ごきげんなまま、彼女は訊く。
「なんで急に食事になんて誘ってくれたの?」
「デートだからな」
さらりと、デイビッドは回答した。
「え?」
「……いや」驚くアリスに、デイビッドは言いよどむ。「今度の仕事終わったら。その、バカみたいかもしれないが……」
「こちらのお皿、お下げしますね」
と、いつの間にかウエイトレスが目近にいて、すでに食べ終えていたデイビッドの分を下げたのでとっさに発言を変えた。
「――ツイストうまいか? そのキッドツイスト」
「これ、キャンディじゃないよ」
ワッフルをかじるアリス。
「あ、ああそうだな」
「ねえ」ごまかしは、少女に通じなかった。「なんて言おうとしたの?」
「……」
真剣な相手の眼差しに、やや考えてコーヒーをひと啜りしたあと、デイビッドはタバコを取り出して火をつける。
――落ち着け、なにをバカなことを口走ろうとしたんだ。大人の女にも軽はずみにはやらないことだ。だからこそ混乱してるのか。なにより、状況的にはあまり余裕がない。
考慮の末。控えめにひと息吸い、ささやかな紫煙を吐いてから口にした。
「今度の仕事な、ちょっとヤバいんだ。だから、おれたちに何事かあったらボスを頼るといい」
「……平気なの?」
「……たぶんな」
アリスは心配そうな顔付きをした。そんな気持ちにはさせたくなくて、デイビットはおどけて言葉を足す。
「なに、いつも仕事はヤバいだろ。万一の事態があったらそうしろってだけだ」
「なーんだ」
安心したように肩を落とすも、アリスはぼやく。
「告白でもしてくれるのかと思ったのに」
デイビッドはぎょっとする。
「……それもいいかもな。ヨハンナとは別れたままだし、今女いないからな」
「ホント?」
「まあな。……で、仮に、仮にだぞ。おれがおまえを女として見てたらどうしてた?」
「うん?」
「は、ははは。冗談だよ」
「もちろん、オーケーだよ」
少女は真顔だった。SMI最強の男は、唖然とする。
「……おれは、あれだぞ。スケベだぞ、おまえはその……」
「平気だよ」
変な台詞を呑み込むように、コーヒを喉に流しだしたデイビッド。そこに、アリスは平然と宣言した。
「処女じゃないし、相手もちゃんとできるもん」
ブゥ――――――――ッ!
コーヒを噴出した。
「ごほっ、げほげほ。ええッ!? 意味わかってるか?」
むせて混乱しながらも、デイビッドはとっさに周りを警戒する。
「なんだ、また女教皇か!」
「また?」
疑惑の眼差しを受けて、彼は心を落ち着けた。やはり純粋無垢な少女は幻想で、これがシビアな現実というものなのか。
「あたし、マフィアのボスの娘だよ」
動揺する男へと、アリスは得意げにほとんどない胸を張る。
「彼氏いたことあるし、傘下のそういう店とか覗いて真似してたんだから。いろんなことは一通り経験済みってこと」
しかしそこからはさすがに照れた様子で、多少もじもじしながら口にした。
「そ、その気になったら。いいよ」
なんとも形容しがたい雰囲気が二人の間に満ちた。ややあって、
「……ははは」
デイビッドは、ジョークと受け止めたようにごまかすので精一杯だった。
「まあ。今は清い交際を楽しもう」
「ふふ。そだね」
「次は映画にでも行くか、『総統の顔』とかまだやってたかな。糞過ぎて逆にいいぜ」
少女も悪戯な笑みで、子供に戻ったようだった。幸福そうに、紅茶をすする。
意外なことで気が紛れたのは幸いだったかもしれない、とデイビッドは少女を眺めながら黙考した。
なにしろ、これからSSSランクの異能者と殺し合うかもしれないのだ。
後悔は残したくなかったが、これくらいでよかったのだろう。と。