「……今、なんて言いました?」
いつものように、ファニーの部屋の彼女が鎮座するデスク前に立っていたデイビッド。けれどもその質問は、いつもの余裕な態度ではなかった。
隣にいるヨハンナでさえ、いくらか表情が固い。
彼らが驚いたのは、暗殺依頼書のルドルフ・ヘスに対してではもちろんない。付随する説明で、ファニーがさらりと口にした名である。
「だから」ファニーは繰り返した。「影の
「そこじゃぁないでしょ。あとに出した名前ですよ」
「そうですわ」ヨハンナも口を挟む。「なんでただのカモッラがヘスを捕まえることができて、かつ政府を強気で脅せ、OSSがわたくしたちに依頼なんてしてきたのかというところですわよ」
ファニーは弱ったように、どうにか口にする。
「……だから。どういうわけかそのカモッラは、サンジェルマンを味方につけてるようなんだけど……」
「無理!」
「はやっ」
「だって」来客用のソファーに不機嫌そうに座り、即答したデイビッドは喚く。「サンジェルマンっていやあ、〝東の
ヨハンナも言及する。
「世界に十人もいない
「
トリプルエスランクとは、主に神話に登場する神々と渡り合った人間たちだ。
そしてこんな異能が当たり前にありながら日向が秩序を保っているのは、それを保持しようとする〝宇宙調整者〟と呼ばれるSSSランク異能者たちの半数が属する秘密結社があるからだといわれている。彼らは基本的に中立だが、度を超した異能使用で宇宙の法則自体が歪められかねないときには、介入して阻むという。
調整者の実態は影社会でもよく判明していないが、相応の実力があるということだ。
「けど引き受けさえすれば、」ファニーは頼む。「日向社会に手出ししたっていう疑いを払拭してくれるっていうのよ。逃す術はないわ」
「でしょうね」
デイビッドは疲れたように意見する。
「SSSをなんとかできる奴なんて、神レベルですもん。要は、政府はおれたちが潔白だって証拠をつかんでるのに取引しないとそれを開示しないってわけでしょ。証拠を強奪した方が早いんじゃないですか。連中は気にくわないし、国家機関の最終兵器はSSレベルまでしか確認されてない」
「そちらも無理でしょうけどね」
ヨハンナがツッコむ。
SMIはアメリカ異能界でも最強規模の組織だが、最高でSランクが四人いる程度だ。
SSランクは宇宙の法則を歪めうる規模の異能とされ、それ以下の、人の域では類を見ないとされるほど強力とされるSランクでも到底敵わない。彼らは所詮、人知の及ぶ範疇でしかないのだ。
「……仕方ないわね」
停滞する空気のなか、ファニー・マクラウドが厳かに起立した。
「組織の危機だもの。わたしが、直接出向くしかないか」
場が瞬間的に凍結する。
ややあって、
「ちょ、冗談が過ぎますよ委員長!」
「あなたにもしものことがあれば、それこそSMIの大損害ですわ」
デイビッドとヨハンナが相次いで制止した。
「どのみちこのままじゃ政府に潰される」
迷いがないように、ファニーは説得する。
「生存確率を微小でも高めた方がいいはずよ。そもそもターゲーットはヘスなんだから、サンジェルマンとは衝突しない可能性もある」
しばしの沈黙。
コヨーテとヨハンナはそろってため息をつき、ほぼ同時に返事をした。
「……はあ、わかりました」
「……わかりましたわよ」