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Over drive

「こりゃあ、いったいどうなったんだ」

 一時間ほど後。

 人外の吸血鬼たちを片付けたSMIとヴァンパイアはヨハンナのもとに集い、デイビッドは壁に刻印されたレスタトの輪郭をなぞりながら開口した。

「わたくしにも知覚しようがないのは、ご存知でしょう?」

 後ろからヨハンナが回答した。

「あんたらはどうだい」

 受けて、そばにいるヴァンパイアたちへとデイビッドは目線を移す。

「無礼かもしれないが、こういう死に様に心当たりはないかな」

 カインとシャルロット自身、レスタトと似た人に近いヴァンパイアでもある。詳しいかと踏んだのだ。

「申し訳ないが、期待には添えん」

 応じた族長に、シャルロットが補足した。

「わたしたちは陽光を浴びれば灰になるけど、影になるなんて耳朶に触れたこともないわ。だいいち、レスタトに弱点はないはず」


「それにだ」

 吸血鬼たちの隣から、モーゼスが口を挟む。

「女教皇は非現実を現実にする。分析しても無意味だろう。レスタトの脳内にしかなかった死因なのだからな」

「おまえの図書館にもないわけか」

 自らの頭部を指で突きながらデイビッドが問うと、ユダヤ人は彼の近くまできた。

「そうだな、強いて挙げれば――」

 壁面をつぶさに観察して、老人は推測した。

「写真のような現象かな。強烈な光で、影が焼き付いたんだ」

「じゃあ」いつのまにか二人の間に来ていたアリスが言う。「影を持ってた人はどこに行ったの?」

「さあな」モーゼスは首を捻った。「光を浴びたら、消滅するようなイメージだったのかもしれん」


「ガブリエル」

 囁き声が、凍てついた空気を引き裂いた。

「ガブリエル?」

 鸚鵡返しするデイビッドと共に、その単語を最初に口走ったヨハンナへと環視が集中する。

「そう言っていましたの」と女教皇は明かした。「彼が消滅する寸前にね」

「天使の名前だな」

「大天使にして四大天使」

 デイビッドに続いて、モーゼスが知識を引っ張り出す。

「聖母マリアに受胎告知をしたことから、女ともされる天使。あるいは、ムハンマドにコーランを授けたときは彼を死なせかけたことから、荒々しいともされる。復讐の天使、もしくは――」

 そして、告知した。

「死の天使とも称される」

「人名でもありますわ」

「ま、そっちが現実的だな」

 ヨハンナに同意し掛けたデイビッドは、ちらと吸血鬼たちを見やった。

「とも言い切れないか」


「……まったくだ」

 唐突に聞こえた、これまでそこにはなかったが覚えのある声に、全員が振り返った。

「吸血鬼のような化け物が実在するんだ。天使がいても不思議はない」

「……あなた」

 ヨハンナが冷たい眼光でそこにいた人物を照らした。

「くたばり損なってたか、アラン」

 苦々しげにデイビッドは言う。

 いたのは、瀕死の重傷を負って放置されたはずのヴァンパイアハンター・アランだったのだ。

 あのあと動かなくなったので、デイビッドたちさえ死んだと認識していた。

 ところがアランは着衣を致死量ほどの血液で染色しながらも、まるで健康そうに立ち、吸血鬼たちへと微笑みかけた。

「お陰様でな」


「この気配……」

 シャルロットが囁き、カインは明言した。

「間違いない。貴様、ヴァンパイアになったな」

「ハンターだからな」アランはにやつく。「獲物の生態は熟知してる。致死量ほど出血させたところで、ヴァンパイアの血を取り込ませる。これがおまえたちの繁殖法だろ? 戦場に滴ってたのを頂いたのさ。くたばるのはごめんだからな」

「それはおめでたいですわ」

 冷徹な言葉が大気を震わせる。

 SMIたちの先頭に出て、台詞を紡いだのはヨハンナだった。

「あなた、仰いましたわよね。今回は、吸血鬼狩りがわたくし達の仕事。仲間であれヴァンパイアになればもう――」

 そして、悪魔のような笑みを浮かべた。

「殺害しても正当だと」


 アランは蒼白となった。

 ヨハンナの性格をよく知らない彼でさえ本気だと悟る顔を、女教皇がしていたからだ。

「ま、待て!」

 SMIで一、二を争う実力者の女に両手を突き出すと、まもなく彼はカインにすがり付いた。文字通りひざまずき、足をつかんですがったのだ。

「おい助けろ! おれはおまえたちの血族になったんだぞ。カインの失われた支族になる。見殺しにしていいのか!?」


「自分は同僚も殺したというのに」

 哀れみさえ覚える当人以外の中で、モーゼスは呟いた。

「見捨てはせん」

 ところが、カインはそう許諾した。全員が仰天しかけたが、族長は付加する。

「SMI、ここは見逃してくれまいか。こいつは我が一族に迎える。人殺しをせぬ吸血鬼がどんなものか、共同で暮らせば身を以て学習するだろう」

 驚愕から若干あとの安堵も束の間、たちまちアランは先ほどより青くなった。

「――貴様には、地獄だろうがな」

「ひ、ひいっ!」

 己を見下ろして予告した長に、たまらず新米吸血鬼は音を上げて逃走した。


「あ、どっか行っちゃうよ」

 アリスが心配したが、シャルロットは意に介さなかった。

「吸血鬼になりたてだもの。カインとわたしからは逃れられない」

 これにはヨハンナも満足したのか、無表情ながら嬉々としていた。

「そうですわね。お任せしたほうが、おもしろそうですわ」

「けどいいのか」デイビットはカインに問う。「あいつは、どんなヘマをしでかすかわからないぜ」

「将来の罪を理由に人を裁く資格など誰にもない。もしそうなったら、族長として責任は取る」

「……そうかい」

 吸血鬼の長の資質に感心し、デイビットはそれを短い一言で表した。

「では、そろそろ去るか」

 やがてカインが告げ、シャルロットはかつてのパートナーへと尋ねる。

「コリン。あなたは、どうするの?」

「そうだな」老人には、もう迷いはなかった。「君に再会したいという望みが叶ったんだ。悔いはない。以前より前向きに余生を送れるさ」

「……途中まで、一緒に行きましょう」

 ロッテも、静かに受け入れた。


「じゃあ、ここらでお別れってとこか」

「そうなるな」

 SMIの代表としてデイビットは言い、吸血鬼の代表としてカインは応答した。

「レスタトの遺言は気掛かりだが、はったりかもしれん。とりあえずは、また身を隠しつつ過ごすことになろう」

「幸運を祈っといてやるぜ。じゃあ、気をつけてな」

「互いにな。さらばだ」

 もう言葉は不要だったが、最後にシャルロットは恭しくお辞儀をして挨拶をした。

「では、ごきげんよう。短期間だけどなかなか楽しい催しだったわ。できればわたしたちのことは、忘れてちょうだいね」

 天使染みた幼い顔立ちが、ぞっとするような色香を湛えた。

 まだ隠していた実力があったのか、全部が幻だったのか。それを合図に、吸血鬼たちとコリンは霧のように消失した。


 ――しばし。

 白昼夢でも見ていたかのように、SMIは佇んだ。


 やおら吹き寄せた涼風に長髪を撫でられながら、アリスは朝焼けの空を仰いだ。

「行っちゃったね」

「……ああ」

 デイビットは勢いよく、彼女を振り返った。

「さあて、おれたちも帰るか。アリス、疲れたろ。モーテルまでおぶってやるよ」

 冗談めかした男に、少女はいかにもな膨れっ面をした。

「もうっ! 子供扱いしないでよっ!」

「はははっ……」

 そう、デイビットは笑った。

「……」

 まま、固まった。

「ん、どうしたコヨーテ」

 異変を察知したモーゼスが、声掛けした直後。


 ――デイビット・〝コヨーテ〟・アンダーソンは、うつ伏せにぶっ倒れた。

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