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Silver Bullet

「……こいつはひでぇ」


 翌朝。

 感想を洩らしたデイビッドを含む六人のSMIは、路地裏に転がる三人の亡骸を囲み、顔をしかめていた。警察には金を握らせて介入しないよう黙らせてあったが、こんな現場にはできれば出くわしたくなかった。


 遺体のうち二人は魔法円と世界蛇だ。彼らは昨夜、例の老人を捜索するメンバーの交替時刻になっても宿泊施設に帰らなかった。

 それをさらに捜索に出た別な二人組は、ここで彼らの死体を発見したところを襲われた。うち一人は新たな死者となり、もう一人は重傷を負いながらも帰ってきて、朝方にようやくデイビッドたちに一連の出来事を伝えるや息絶えた。


 犠牲者たちにはみないくつもの噛み傷があり、身体も青白く、全身の血を奪われたのは明白だった。モーゼスの鑑定によれば、紛れもなく吸血鬼の仕業だそうだ。

 ただし、ほとんどの傷跡の大きさは同程度で敵の人数は判然としない。最低でも二人いたのは確実といえたが。なぜなら世界蛇の腕首にあったものだけは、他より小さい子供の歯型だったからだ。


「こいつがシャルロットかな」

 世界蛇の傍らでしゃがんだコヨーテは、その傷を指差した。

「マジで子供のヴァンパイアかよ。人を殺さないって偽依頼書にはあったが、どこまで真実か怪しいもんだぜ」


 隣に立つモーゼスは慎重に頷く。

「真偽はともかく、子供のヴァンパイア自体が稀有であるし手掛かりを追ってきたんだ。これがシャルロットのものである可能性は高かろう。参考にする記憶が足らんがな」


「なんで吸血鬼の小さい子は少ないの? 力が弱いから?」

 アリスはデイビッドへと寄り添って尋ねたが、モーゼスは彼女に目を向けずに口答した。


「ヴァンパイアは老いないが、人を凌駕する身体能力は異能だ。肉体の成長と関連はないよ。生きた分だけ力の扱い方も熟練するから、吸血鬼になりたての大人より長く生きる子供のほうが強い。知性も同等だ。

 問題は肉体が成長しない彼らの社会において、子供は大人を大人は子供を羨むようになるからといわれておる。特に、子供時代は今では写真などで振り返ることもできるが、大人に憧れても子供のヴァンパイアはそうなれん。人の子ならすぐに成長するが成人すれば長く容姿が変わらんから、正体を隠すのにも後者のほうが適する。もっとも、思想が凝り固まった大人は吸血鬼になってもそのままなために、彼らの社会に変革を迫られたときなどは発想の転換が難しく、柔軟に物事を思索する子のほうが適するという話もある」


 モーゼスはそこでようやく不満げなアリスを見て、記憶から彼女の態度が〝好きな男性との会話のきっかけを探しての言動を邪魔されたためによるもの〟と知り、質問がコヨーテに投げられていたと感づいたが、少女は怒ってそっぽを向いてしまった。


「とにかく」

 ヨハンナが、さり気なくモーゼスを押し退けてアリスの反対側からデイビッドに密着した。

「この吸血鬼たち、おそらくカインの失われた支族とかいう方々は、わたくしたちに明確な敵意を抱いているようですわね」


「ヤり逃げは見過ごせねぇな」

 苛立たしげにデイビッドはタバコの箱を懐から出したが、からだったため握り潰してぼやいた。

「偽依頼書に応えなきゃならなくなるとは気に入らないぜ。仕組んだ奴の思惑通りかもしれねぇ」


「どちらにしろ手掛かりを求めて来たんですもの。カインの失われた支族が事情を知っていて話すのを拒んだ場合、拷問する正当な理由ができたのは良かったと思いますわ」

 嬉しそうにヨハンナは笑った。

「怪しすぎるがね」

 モーゼスは、アリスを気にしながらも意見する。

「ヴァンパイアたちは科学の発達による人の戦闘力の増強と吸血鬼退治方法の情報拡散を恐れて、近年は人目を殊更に避けるようになったはずだ。こんなに目立つ犠牲者は初めてだよ」


「どうでもいいことだ」

 これまで黙っていた人物が言った。

 今朝来た助っ人で、カウボーイハットを被りウエスタンシャツの上に羽織ったコートの中の腰元にガンベルトを巻き、ジーンズとブーツをはいた彫りの深い顔付きの青年である。

「人でないケダモノの都合など、考慮する必要はない」

 彼は、アラン・ディ・ビアージョという。

 異能者ではない、影に通じる日向の人間。〝境界〟の出身で、通常の方法では殺せない吸血鬼の埋葬方に熟達したプロだ。一時的にSMIの一員となった、外部の人員である。

 アランともう一人は日向に近いため調整に手間取り、今日着任したばかりだった。


 そして、そのもう一人の助っ人は一般的なSMIと同じスーツ姿だった。色白でがっちりとした体格のオランダ人壮年男性。

「おれはとにかく、久しぶりの暗殺任務が嬉しいね」

 発言した彼は異能者だが、ある種の相手と対峙しない限り普通の人間とさほど変わらなかった。ために一時期は日向のマーダー・インクに属し、ボスのバカルターがレルズの裏切りで捕まってからはSMIの雑用係となり果てていた。


 一同が二人目に注目し、デイビッドは面白そうに言う。

「あんたの異能はおれも発揮されたときを知らないから、ちょっと楽しみだな。さっそく披露してみてくれよ。〝ヴァン・ヘルシング〟」


 ヘンドリク・〝ヴァン・ヘルシング〟・ファン・デン・ホーヘンバンド。

 姓名が二つとなる奇妙な構造のこの暗号名は、『吸血鬼ドラキュラ』におけるドラキュラ伯爵の宿敵エイブラハム・ヴァン・ヘルシングに因む。

「じゃあ、ぼちぼちお披露目といこうかね」

 ヘルシングは、大きな建築物がさほどないこの街において比較的遠方からでも望めるアレックス・ジョンソン・ホテルを目印とするように見上げ、布告した。

「――銀の銃弾シルバー・ブリッドを!」


 その異能は、不死のヴァンパイアの弱点とされるものを意味していた。

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