「吸血鬼って特異能力者なの?」
隣室で、コヨーテと別れてからずっとすねていたアリスがやっと口を利いた。窓辺に椅子を運んで掛け、ワンピース姿でカーテンの隙間から小雨がぱらつく外を眺めだしたときの姿勢のままだった。
「うん?」
唐突な質問に、モーゼスは変な声を上げた。
彼はもう眠かったし寝間着に着替えていたが、アリスを放っておくわけにもいかず、彼女の椅子がもともとあったやや後ろの席について、これまで少女を宥めようと試みていたのだ。
「ねえ、どうなの?」
アリスは再び訊きながら、つまらなそうにモーゼスの方を向いた。
「あ、ああ」
ようやく老人は返答しようとした。これで寝てくれるならありがたいと思ったのだ。
「広義の吸血鬼は、人類を含む類人猿のようなものを指す呼称で人間とはかけ離れた連中もいる。が、中でもヴァンパイアと呼ばれる、人と似た肉体と精神を持つものについてはそうだよ。現代では異能者とされておる」
「本で読んだけど、吸血鬼って人間と違うところがいっぱいあるんじゃないの」
「だとすれば、複数の異能を発揮できるコヨーテのような者も、見方によってはいくつも常人と異なる点があることになってしまうぞ。ヴァンパイアに限定しても様々な種類があるが、これもおまえさんの幻覚能力とボスの蜃気楼能力のような違いに過ぎん。今日、吸血鬼と呼ばれる連中と常人との違いは一つとされておる」
アリスが首を傾げるのを見届けて、モーゼスは教えた。
「ヴァンパイアとは、〝血液をあらゆるエネルギーに変換する異能者〟だそうだ。血脈の違いによって差異はあるがな」
納得がいかない様子で、少女はやや間を置いてから重ねて疑問を投げた。
「弱点とかも、普通の人とはいろいろ違うんでしょ」
「そこについてもまだ研究が進んでおらんが、もしかしたら異能の素因のように不明なままかもしれん。だが特異能力には特異な悩みも付きまとうのは覚えがあろう。ローラ・ジェインのようなテレパスが、建て前に隠された本音まで見透かせるが故に人間不信に苛まれたりするのは有名だ。かく言うわしも、嫌な記憶まで完璧に憶えることになる。吸血鬼の弱点も、異能者が故のものと捉えられているのだよ」
「けど、人間みたいに暮らしてる吸血鬼なんている?」
「少数では影社会で暗躍している連中もいるが、長らく人外と扱われてきたからな。異能者として認められるのも難しかろう。こうした見方とて、あくまでも列強諸国の勝手な見解に過ぎん。この認識が正しいとは言えんし、彼らにもそうした決め付けを望まん者たちがいる。
日向社会でさえ、人が人を食うカニバリズムという風習があったように、吸血鬼が人を食わない生き方ができてもそれを選択するには別の複雑な問題があるのだよ。そこを克服したとして、日向におけるジプシーは未だ漂泊の民だし、黒人はほんの百年前まで人間として扱われていなかった。わしらユダヤ人もこないだまでナチに虐殺されておった。吸血鬼との共存がどれだけ難儀かわかろう」
「ふーん」
興味なさそうに、アリスは立ち上がった。雨が屋根を叩く音は、いつの間にか止まっていた。
乱れた気持ちをごまかすための話題そらしだったのだろうか。そんなことをモーゼスが推考しているうちに、少女はカーテンをきちんと締め、椅子を元の位置に戻した。
徐に服を脱ごうとする。子供ながら、特有の色香を放つアリスの行動にモーゼスがどぎまぎすると、彼女はいちおう抗議の視線を投げてきた。
意味を察したモーゼスが背を向けると、彼女はクローゼットにしまっておいたパジャマにさっさと着替えてベッドに入ってしまった。
モーゼスは溜め息をついて電気を消し、やっと自分の寝床に入れた。なんとなく隣のベッドを窺うとアリスと目が合ったが、彼女はすぐに反対側に寝返った。
ふとモーゼスは、もし真っ当に生きていたなら自分にもこんな孫がいたかもしれないと思った。