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Ioanna

 一週間後のサウスダコタ。

 ラピッドシティのモーテルで、デイビッドは首を絞められていた。


「お……おまえまた……」

 快楽と苦痛が入り交じった中。デイビッドが横たわるベッドがリズミカルに軋む。

「あはははは」

 闇の中。彼の腹の上にうっすらと浮かぶ豊満な女の裸身は、乳房を揺らしながら笑っていた。

「あはっ、はあ、あはははははは!」

「この――」

 デイビッドは発作的に異能の怪力を発揮して、相手をどけると押し倒し、逆にのしかかった。

「――アマ!」

 それでようやく、文字通りかつて尼であったヨハンナは笑いと動きを止めた。


「……お気に召さなかった?」

 ふざけたようなヨハンナの問いに、デイビッドは無言で抗議してベッド横の棚に載る電気スタンドを点けた。


 たちまち、布団の上に二人の裸体が照らし出される。

 デイビッドは起き、ヨハンナに背を向けて下の服と靴だけをはいてベッドに座った。

「おまえ、まだその癖治ってないのかよ。誰か殺したりしてないだろうな?」

 彼がヨハンナと別れたのは、彼女のこの悪癖も理由の一つだ。最初は普通だったが、こういうやり方をするようになってからそれ以外のところでもおかしくなりだした。


「こんなふうに殺した相手もいますわ。ターゲットですけれど」

 自らの肘枕に顔を載せ、情夫の背中を見据えながらヨハンナは平然と返す。

 聞いたデイビッドは厳しい顔付きで見返り、ここぞとばかりに追及した。

「そんなんで任務果たせてんのかよ。暗殺は仕事と割り切るのが決まりなのに、殺人を楽しむようになったおまえを委員長が未だに置いてる理由がわからねぇな」


「侮らないでほしいですわね」

 急に真顔になって尼僧が反論する。

「仕事と割り切った場でのみ、楽しんでいるだけですわ。さっきみたいな手法でも、ちゃんと異能でカバーしてありますのよ」


 ヨハンナのラ・パペッサは、〝知性体の意識にのみある実際にはないものを、それを意識に持つ当人にだけ影響を及ぼす現実とする。〟分類上はアリスと同じ幻覚能力に該当するがSランクで、応用次第でほぼどんなことでもできる。

 どうやら暗殺者という意味では、デイビッドが想定していたよりもちゃんとしているらしかった。さっきのも本気ではなかったろう、異能さえ用いなかったのだから。むしろ彼は、プライベートな空間で異能を使った自分を恥じた。


 気持ちをごまかすようにいつものタバコをくわえて火をつけると、ヨハンナは訊いてくる。

「続きはしませんの? 今度は、激しくし過ぎないように注意しますわ。それとも、あのお嬢さんのほうがお好みかしら」


 アリスのことだ。

 最近は互いに別な仕事に赴くことが多かったが、今回の任務に就いてからデイビッドとヨハンナは急速によりを戻し始めていた。つれてあの少女はあまり口を訊いてくれなくなっていき、標的がいるとされるラピッドシティに着いたこの日もふてくされた態度をとっていた。

 どうやら、アガーテの指摘は正解だったらしい。


 今度の仕事には八人で来ている。明朝には、さらに二人が加わる予定だ。もう通常の暗殺ではないからだ。


 モーゼスが辿った、シャルロットなる少女に関係していそうな人物は、十数年前に密かに息づいていた吸血愛好者たちの秘密クラブに属した男だそうだ。

 クラブ自体はそういう趣味の人間同士が互いの血液を少量与え合ったりするのを楽しむ妙さはあったが、本来は本物の吸血鬼がいたわけではないらしい。ただ当時、ある吸血鬼がマフィア関係者とつるんで隠れ蓑としており、教会機関からそいつの暗殺を依頼されたモーゼスが潜入した際にシャルロットと繋がる疑いのある男と出会ったという。


 それは、クラブの客の初老だそうだ。

 他の客達には無自覚に問題の吸血鬼が持つ魅了の魔力に掛かって潜伏をごまかされている反応があったが、かの人物だけは違ったという。さらに複数の吸血鬼に係わったらしき態度と、子供と深く関与している人間によくある挙動が見られたそうだ。それでいてクラブの客との対話で自分には子がいないと述べ、客たちが件の吸血鬼一族の噂を語っていたところ、口を挟んでその存在を否定したという。

 モーゼスによれば、それは本当のところ対象の実在を知りながら隠す人間の言動なのだと。


 そこまでの経緯を追想して、デイビッドはふと、モーゼスがちゃんとアリスの面倒を見てくれているのか気になり、自分になぜだか苛立った。


「ねえ、どうするのお犬さん?」

 ヨハンナが後ろから抱きついて首に手を回し、耳元で甘く囁いた。大きく柔らかい胸が背中で潰れる。

 彼女を抱く選択をしたデイビッドはタバコを棚の上の灰皿に潰しヨハンナを組み敷いたが、そこでアリスの姿が再度脳裏に明滅した理由が、まだわからなかった。

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