その後も進展のない会話をしながら、一行は日が暮れるまでアリベルト捜しに奔走したが、手掛かりはなかった。
精神感応能力者でもいれば楽だが、LJはあちこちに派遣された刺客を幅広くサポートするのが役割だ。貸し切りというわけにはいかない。
結局この日は切り上げて、デイビッドたちは手近なレストランで夕食をとることにした。
三階建てのビルの一、二階を占有する一面ガラス張りの窓がある店だった。たいして高度はないが、それでも上階の席からはマンハッタンの夜景が素晴らしく感じられた。
食事はわりと楽しめた。スペアリブ、ステーキにベーグル、カマロネス・トロピカレス……。ソ連政府は膨大な依頼料の半額を前払いしてきたので、任務中は贅沢が許されていた。
表向き刺客たちは家族を装っていたが、周囲には本当にそう見えるほど和やかな食卓だった。
ケーキの最初の一口を食べたときのアリスの幸せそうな様は、デイビッドには忘れられないものとなった。もっとも彼女はそれを発見されたことに気付き、すぐに表情を消したが。
「あの~」
申し訳なさそうに、誰かが三人のテーブルに近付いたのはそんなときだ。
六つの瞳に映った来客は、巨大な人影だった。はちきれそうな衣服、熊のように伸び放題のひげと髪の太った男。
怪訝そうな暗殺者たちへと、巨漢は告げた。
「伝言を頼まれたんですが、〝最初のはサービスだ〟って伝えるように」
デイビッドは苦笑いした。
「……意味不明だな。人違いじゃねぇのか」
「いえいえ。さっきまで店内にいたお客さんがあんた方を指して言ったんで、間違いないですよ」
「さっきまでいた客?」
訊いたのはアガーテだ。巨漢は頷く。
「はい、ちょうどあんた方が注文を終えたくらいの時に頼まれて。大方食べ終わるのを待って伝えるようにって。驕ってもらっちゃったし」
巨漢は満足そうに、ボタンが飛びそうなシャツの腹を撫でる。
奇妙な証言なので、興味を引かれてデイビッドは尋ねた。
「どんな輩だい?」
「北欧系の青年で……」答えかけて巨漢は頭を振った。「ああ、あんまりしゃべらないように注意されたんですいません。ただ、これを渡せばわかるって。そっちのお嬢さんに」
言って彼は、上着のポケットから一枚の折り畳まれた紙切れを抜き、差し出してきた。
困惑しながらアリスが受け取って開き、彼女の両親に見えなくもない二人の暗殺者が覗き込む。
〝不思議の国へようこそ〟
紙面には、インクによる下手な英語でそう刻印されていた。
アリスはきょとんとしていたが、数秒の内にデイビッドとアガーテは蒼白となった。
瞬間、一面に並ぶ窓のひとつが砕ける。
手紙を貫き、何かがテーブルを激しく叩き、食器やグラスをばらまいた。
衝撃で穴があいた食卓を捨て、デイビッドはアリスを抱え、アガーテと一緒に窓の反対側にあるカウンターの向こうに飛ぶ。
客たちの反応は遅かった。
殺し屋らが一連の行動を終えた頃にようやく悲鳴の第一声が上がり、そばにいた巨漢や店員を含め、雪崩となって逃げだしたのだ。
「最初の弾はサービスってわけね」
アガーテはテーブルの下に置いていたショルダーバッグをちゃんと運んでおり、底を外すと、分解されて隠れていた銃――Kar98kを取り出して組み立て、ZFスコープを装着しながら言った。
「どういう意味なの、あの文?」
もうさっきの紙片は落としていたが、アリスはデイビッドに問う。店内は騒然としている上に手元へ銃弾が撃ち込まれたのに暗殺者を志すだけのことはあるというべきか、落ち着いた声だった。
半ば感心しながら、デイビッドは教える。
「つまらねぇ謎なぞだよ」
アリスを見下ろした彼は、即座に考えを改めることになった。少女の全身は震えていたのである。
戦闘は今のデイビッドでも怖いことがあるし、戦場の兵士だって恐怖はある、恐くないはずがないのだ。気丈に振る舞っているだけなのだろう。暗殺者になるのを、咎められたくないからかもしれない。
思考を巡らせながらも、デイビッドは解答を続けた。
「ターゲットは子ウサギ、『不思議の国のアリス』はウサギを追って不思議の国に迷い込む。アリスを連れて追って来たおれたちへの手紙ってことだろ」
「――そう」
握った銃弾にデア・フライシュッツの能力を込めながら、アガーテが断言した。
「