「
オフィスで顔写真入りの次なる暗殺依頼書を受け取ると、銀行の仕事から戻ったばかりのデイビッド・〝コヨーテ〟・アンダーソンは言った。
帽子は脱いでいたが、相変わらずラッキーストライクをくわえている。
「ドイツを倒せそうだからって、いきなり影法師を派遣するとは。
「ソ連政府が依頼してきたのよ」
デスク前で上司を見下ろしながら煙草を吹かす相変わらず態度を改めない部下へと、〝ファニー〟・マクラウドは補足する。
緩やかなウェーブが掛かったプラチナブロンドの長髪のファニーは、デイビッドのスーツ下に覗くしわだらけのワイシャツを睨んで四十代にして二十代としか見られたことのない美貌をしかめた。
かつて、主要メンバーのエイブ・レルズが逮捕され存在が明るみになるや、マスコミに
ファニーが取り仕切るのは、マーダー・インクの影である。レルズが減刑と引き換えに内情を暴露したことで日向の組織は崩壊し、ただでさえ裏社会でしかも影に属するこちらは、巻き添えを避けるために日向から独立した。
そんな皮肉を込めて近年、SMI――〝シャドウ・オブ・マーダー・インク〟を正式名称としたのだ。
通常、影社会と相対する一般的な社会である日向に属する組織がそこでのあらゆる問題に対処するが、日向を失えばそれも影が背負わねばならない。そこで運営の元手を得るため、SMIによる暗殺はマフィアだけでなく影社会の裏側に属する人物全体を対象にしていた。
デイビッドはこの組織において、最強と謳われる一人だ。
ネイティヴ・アメリカンの祖父を持つ彼の特異能力は、コードネームである〝コヨーテ・トリックスター〟に象徴されている。
「にしても妙だな」
デイビッドは、ファニーの発言に疑問を投げた。
「ソ連がアメリカのマフィアに身内の始末を依頼とは。アリベルトは合衆国内にいるんですよね?」
「ソ連政府の意に添わない勝手な行動で入国したそうよ」
ファニーは愛用のツーピーススーツに包んだ背中で、座席に深くもたれた。
「米ソは対立してるけど、枢軸国を倒すまで表向きは馴れ合わなきゃならない。アリベルトの侵入はホワイトハウスにはまだ気付かれてないそうだから、表沙汰にすれば外交問題に発展しかねない。彼を始末するためにさらなる関係者を入国させれば問題は大きくなる。だから、合衆国内の影社会が適任って理屈ね」
「で、狙撃手が相手ってことはおれと〝アガーテ〟が担当ですかね」
「いいえ、三人で行ってちょうだい」
デイビッドは口を半開きにして煙草を落としかけ、慌てて唇の端でくわえ直した。
通常、彼らの仕事は二人一組で遂行される。三人になるのは限られた場合だ。
「てことは……」
「研修よ、もちろん、もう一人はアガーテ」
さらりとしたファニーの回答はデイビッドの予想通りだが、あとに続いた言葉は意外だった。
「子ウサギの狙いは彼女に尋ねればわかるはず。因縁があるからね」
「意味深ですけど、どういうことです?」
「委細は、わたしから言うべきことではないわ。アガーテが話してくれるなら聞くといいかも」
ファニーの表情は普段より幾分固く、デイビッドは不穏なものを感じて眉を潜めた。