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第9話 テルクニ通り




 「テルクニば背にまっすぐ行くと市場通りで、市場通りば抜けてぶつかるメイン・ストリートん角に商業ギルドがある。」


 神殿を背にしてまっすぐ指した先には道の端に小舟がいくつか止められてるのが見える。横付けにされた船の前で幾人もの人がたち止まって船の主と話をしているのが垣間見える。中には取引が成立したのか、カバンからどりだしたものと船のものを交換している。


 「商業ギルドがあるんですね。通貨がないということはそういうものはないのかと思ってました。ということは冒険者ギルドもあるんですか?」


 商業ギルドとは税の管理だったりものの価値をコントロールする他に売り手と買い手の橋渡しをしたり、作り手の権利や技術を守ることも行う。


 「冒険者ギルドはまちっと入り組んだとこにあるばい。どちらも古代文明ん建物ば使うとる。あくまでも他國からん要請で設置しとるだけでやっぱり通貨取引はほとんど意味ばなしとらんばってんね。やけんといって物流がまったくなかわけやなかばい。」


 商業ギルドが商人が主に所属する団体であるが、冒険者ギルドといえば魔物退治や町の外での素材採取などを収入源にしているいわゆる冒険者と言われる人たちが所属している団体である。これらの団体は國をまたいで機能しており、旅をしながら働く彼らの身分や信用性を証明する機関とも言える。


 実際、天結は商業ギルドに画家として登録しており身分証であるギルドタグと呼ばれるを発行してもらっている。これは通行証にもなっているとても大事なものだ。住民以外が街や國を移動するときにこれがあるのとないのとでは扱いがだいぶ変わるし、身分証にはランクがあって信用される仕事をすればするほどランクが上がり扱いが良くなるのだ。


 通貨はないのに物流はある。なんとも不思議な世界感だ。ギルドでのレート管理などどうしているのか気になるところではある。


 そんな中天結は取引をしている人に目が行く。ずっと静かなネネはまだ絵に夢中で神通力を流して入るが花が出る前に消えてしまっているのが悔しいのか、歩きながらずっと絵と戦っている。その父であるツネヨシはさり気なくネネの肘のあたりを持って歩く方向を誘導したり、滑って転ばないようにサポートしている。


 「もしかしてここの人たちが持ってるのって空間鞄ですか?」


 その人は斜め掛けの鞄から、鞄の質量よりも多くの野菜を出している。一方の船の持ち主も交換してもらったものは鞄に入れているし、船の上のものが減ったら鞄から補充している。


 金銭がないのにしっかり取引が成立しているのはなんともおもしろい。


 「外ん國では金と変わらんくらい貴重で希少な鞄なんにこん国やと1日ん暇つぶしで作る人がおるとやけん価値観狂うてしまうよねぇ。おかげでうちゃ儲けさせてもらゆるけんありがたかとばってん。」


 肥後独特の訛で眉を下げる男は困ってるとも喜ぶともつかない表情で眉を下げた。


 空間鞄は使っている人の神通力の強さによって変わる。これはどこの國であろうと誰が作ろうと同じなので神通力が弱ければ鞄の容量が少なく、強ければ大きいというもので、弱い人ほど鞄をたくさん必要とする。個人の能力に左右される代物なので他の人が大容量の人の鞄を盗んでも結局盗んだ人の神通力が弱くては意味がないのである。


 しかしそれでも便利で需要があることに変わりはない。特に旅をする人たちは喉から手が出るほど欲しい代物である。それは嘸かし儲けただろうと考えてから天結は親子の身なりが良いことに今更ながらに気づいた。


 (もしやこの親子、気安くしてくれているがかなり大店の主なんじゃ……。)


 ふとそんなことに行き当たって一瞬背中がひやりとするが、相手がそれを気にしていないならここで畏まってしまうのは失礼なことかもしれないので割り切ってしまうことに決めた。


 かくいう天結の鞄も空間鞄である。スケッチブックの入った小さな鞄と太ももに固定した画材の入った鞄がそれである。


 ちなみにこの鞄は天結が5年前に故郷から旅立つ際、自身への扱いのひどかった老師たちがタンスの奥にしまいこんで隠していたものを似た色の革布と入れ替えてくすねたものである。彼女から言わせれば相応の対価はもらって然るべきだし、箪笥の肥やしにしているものを活用して手入れしてあげるんだから感謝してもいいともう。とすら豪語する。


 なお旅立つ天結に対し、8人いる老師の誰1人見送りにこなかったためこの事実を知るのは妹だけである。同刻に出発した別の娘達の見送りに出ていた老師たちが気づく頃には天結は遠くにいて取り返しもつかないと言ったところであろう。


 (ザマァみさらせ。)


 天結は故郷が嫌いだ。背負わされた運命は仕方ないとも思う。自分の血筋に誇りすら感じるだが一族のあり方や自分への扱いに納得しているわけではないのだ。特に鞄の持ち主であった2人の老師は特にひどい仕打ちを受けたことをかなり根に持っているし、孫のことを守ってくれなかった祖父にも恨み節が五万とあるのだ。もちろんその片棒をかつぐかのように無関心な両親にも。


 いつしか視線は通りの人々から目の前の親子に移った。


 どこからどう見ても仲睦まじい親子で、子供は全幅の信頼を寄せてるのがわかる。あの手に守られ導かれているうちは何問題もないと。父親の方だってその温かな眼差しやさり気ない心配りと優しい手つきから子供を溺愛していることがわかる。娘に対してこれなのだから婦人に対する態度も押して図るべしってものだ。


 (私もそんな両親だったら……。いや、あの2人は妹にも関心は低かった。そもそも番以外にできた子など疎ましかったんだろう。妹ができてからはそれぞれ番のもとべったりで私たち姉妹には無関心でただ一緒に住んでるだけ。私の周りでまともだったのは妹だけだな。)


 一族の方針も親の態度も受け入れられなかった天結が使命を胸に故郷を出たのはひとえに妹に幸せになってほしいからだった。自分の代で悲願が達成されれば妹はこんな使命を背負わなくてすむし、老師のもとでしごかれるような日々もおくらなくて済むのだ。


 (あんな恐怖は自分1人で十分だ。)


 ザブザブと水をかき分けながら進んでいるとふわりと花の香りがした。ずっと硫黄の匂いばかりが鼻を抜けていて気づかなかったが、幻の花にも香りはあるようだ。たったそれだけでささくれた心は潤い、親子の背を追いかけた。


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