関所でのチェックも終了しあまり長居しては次を待っている人に申し訳ない
「5回の環境整備は事前連絡が必要ですか?予約見ないなものとか……?」
「いえ、皆さん好きな時にふらっと来てしれっと帰るので気にしなくて大丈夫です。労働の証明のため監督役に一人騎士がつきますので、詰め所で適当に声をかけてください。」
ついでに午前中に来れば昼前で終わるからオススメだとウィンクしながら犬丸と呼ばれていた騎士が教えてくれたので、道の端に避けてそのことを先程書いてもらった2人の名前の下に小さく走り書きしておいた。
パタパタと手で扇ぎ乾かしながら改めてもらった地図を確認してみる。
縮尺がどれほどのものかは置いておくとして、道としては角を5回曲がったら辿りつけそうなので早々に迷うことはないだろう。
街の内外からの出入りが多いようなので宿も取るなら早めがいいかもしれないと周囲を見渡せば不意に天結の袖が引かれた。
何事かと振り向けば、足元に狐の女の子がいた歳の頃は5つか6つだろうか。。
「こんにちは。もう検査終わったの?」
記憶違いでなければ天結の次に並んでいた親子の狐獣人の娘さんである。
「うん!ネネね、いつもちちとくるからすぐおわるの!」
細い目でにぱっと笑うと稲穂色のお下げ髪が揺れた。
「あのね、ネネたちもねきしさんのいってたやどにいくのよ?いつもとまるの!だからいっしょにいこう〜?」
「え?」
子供が気を利かせて親切を言ってくれただけなのかもしれない。こんな幼くて可愛い子を放置して大丈夫なのかと天結は心配になって周囲を見渡す。
ちょうど父親が検められた荷物を担いでやって来たところで、その表情はニコニコしている……はず。
同じイヌ科でも糸目の狐獣人相手だと何考えてるのかわかりにくい。ついでに表情も読みにくい。
正直言って慣れた人が一緒に行ってくれるならこれほど助かることはない。ついでに外から殺魔に出入りしている人なら外と違うここの風習や必要な情報だけでなく、仲良く慣れたら立ち寄ってはいけない危険箇所とかちょっとディープな話だって聞けるかもしれない。
「いいのかな?」
「うん!ね!ちち!」
「もちろんだとも。我々は肥後から季節ごとに行商に来とるんでここいらには慣れとります。私は狐山ツネヨシといいます。こっちは娘のネネです。」
「ネネです!トクギはそろばんです!よろしくおねがいします。」
「ネネ〜、ぬしん言うそろばんな片足ずつ乗っけてごろごろする遊びじゃなかか。そぎゃん言い方ばしたら計算でくるお利口しゃんと勘違いするやろう。」
「できるもん!パチパチできるぅ!」
「おう!いつもジャカジャカ振って遊んどるもんな!」
「できるもん!いちたすいちはにぃだもぉぉぉおん!」
『お〜〜!』
思わずツネヨシと天結は声を揃えて手を叩く。
このくらいの歳の子なら皆一度は口癖のように言う謳い文句ではあるが、幼女が必死に言っている姿はなんとも微笑ましい。
まぁ、そんな子供と少女と大人のやり取り自体が微笑ましくて詰め所のあちこちから微笑ましい視線をもらっていることに天結は気づくこともなかった。
「私は小柴天結と言います。駿河から殺魔に移住しようと旅してきた画家です。」
トレードマークのキャスケットを持ち上げれば、糸目のツネヨシの目がまんまるに見開かれた。
「もしかして、肥後ば経由してきまっせんでしたか?うちんようなしがなか商人にもあたん噂は耳にしたことがある。飛び出る絵を描くとか。」
まん丸の目がキラキラの目に変わるのに時間はかからなかった。ついでにいうと隣のネネもキラッキラの目で天結を見上げている。
「あ〜。そうですね。それだと思います。」
2人を表門の方に促しながらスケッチブックの入ったウェストポーチを開けると黄緑色の表紙をしたものを取り出してペラペラとページをめくって黄色い花にに白い蝶が留まっているページで手を止めて、ネネが見えるように下げてあげる。
「これ知ってる?」
「知ってるよ!ツキミタンポポと雪白蝶!かわいいねぇ〜!」
太くて毛先が黒い尻尾がブンブン揺れている。
「正解!ではクイズに正解した良い子にはこれをあげよう。」
ぺりぺりぺりぺり〜とスケッチブックからページを切り離してスケッチブックを小脇に挟むと、しゃがんでからネネに両手で渡す。ネネも丁寧な対応をされたからなのか、思わずと言った感じで両手で絵を受け取る。
渡した絵から手を話す間際に絵の上にそっと片手を載せて手のひらに力を集めてからそっと手を離す。
「わぁぁぁぁぁ!」
「これが噂の……。」
天結が絵から手を離すと、緑色でギザギザの葉っぱが地を這うように広がりその中心から茎が伸びて蕾ができた。蕾はゆっくりと膨らんで綻び薄黄色の花が咲くとどこからか白い蝶々が飛んできて花に留まると、再び飛び上がってひらひらとネネの周りを羽ばたくと花に吸い込めれるようにして消えて花がホワっと光ると消えてしまった。紙には先程と変わることなくツキミタンポポと雪白蝶が描かれている。
それはほんの一瞬に起きた幻想。
「神力を流すと反応して幻想が浮かびます。絵が消えるまでは繰り返し見れるし、流す神力の量で時間や動きが変わります。」
ツネヨシに向かって説明する間、ネネは絵を天に掲げてさっきよりもキラキラの目で見上げている。
「こらぁ〜驚いた。」
「よく子供の神力練習用で好まれる絵なんです。」
神力とはこの世界の獣人皆が持つ不思議な力のことである。それは神から授けられたもと伝えられているが、使える力の大きさは個体差があり、使い方もまた様々でこの力についてはっきりとしたことはわかっていないのが現状だ。
しかし、神力は幼い頃から訓練すれば繊細な使い方や大きな神力を操れるようになるとも言われているので、旅の最中でも天結の絵はよく求められた。神力を集中して注ぎなおかつ一定の量を入れなければ蝶どころか花も出ないのである。
鍛錬書を読んだり座禅を組むよりも視覚的にわかりやすく達成感を得られるこの方法は幼子の訓練に人気がある。どんなやんちゃ坊主も人より早く長く大きく出そうと躍起になるからだ。
旅の空でもう幾度と見た光景にふと頬を緩めると、なんてことないようにスケッチをもとに戻すとまた歩き出した。