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第5話 狛犬東郷藤右衛門視点



 よくわからない乾杯の意を背中に受けて、早々に騎士団に向かう。


 騎士団の詰め所は古代文明の遺跡を利用しているので頑丈だし広い。前文明では展示をするために作られた場所だと知識人が言っていたらしいが、自分はそのあたりのことはあまり興味がない。使うに当たって支障がなければよいのでは?といっていたら後輩の小犬丸に情緒がないと呆れられたのは記憶に新しい。


 ひとまず兵舎に顔を出す。1階から正面奥に進んで薄暗い通路を抜けると古代人が作ったと思われる木の作り物があって、今はそこを温泉が滝のように流れ落ちている。時々横着者がその中に飛び込んで汗を流すが、そこは一般人も入ってくることがあるのでインクで手が汚れた程度以外では使わないようにと通達があったなと朧げに思い出す。


 滝を横目にすぎると直線の通路、その左右に広さの違う空間があるが通路から部屋として使う空間まで壁も扉もないので基本的に全部隊の様子が見える。部隊ごとの空間の広さは種族によって体の大きさや隊員数が違うのでそのあたりを考慮して割り振られている。


 所属している11番隊は犬氏族だけではあるが小型から大型までサイズはバラバラだし、数も多いので広めの空間をもらっている。そこにある自分の机に行って持ち込んだ荷物を起き机上の書類を確認する。


 まぁ、大体は隊内での連絡事項だったり最近の魔物の動向調査結果や街を出入りしている者に怪しい人物がいなかったかなどのものである。


 特に目新しいものもないので再奥の空間にあるL字の壁を見に行く。そこには1年以内に新しく入国したもののリストだったり、指名手配犯だったりと隊を超えて認識していなければいけない情報が張り出される。


 「なんだぁ?東郷には珍しく落ち着かねぇじゃねぇか。なんか気になるもんでもあったか?」


 そう尋ねてきたのは牛獣人の2番隊副隊長であり同期の男だ。


 「いや、特に……。」


 朝から何度となく聞かれる言葉に辟易しつつも、これ以上追求されても叶わないのでさっさと中庭に出る。


 中にはでは多くの騎士たちが訓練している。奥の壁沿いに木を組んだ支えに渡すように枝を重ねた打ち込み場には歳若い者たちが素振りを行っている。


 素振り以外の者の大体は部隊ごとに固まって組手を行い先輩から指導をもらっている。


 そんな中、空いてある素振りの場所に向かう。基本的に殺魔騎士は朝に3000、夜に8000回行うのである。これは決まりというよりも殺魔武芸の本流となっている示現流でそれが当たり前になっているので皆そうしているというだけである。


 だが今は3000どころか5000くらい打込んでしまいたいぐらいには自分がそわそわしているとわかる。


 周囲の視線があるので尻尾を動かさないよう意識しているが騎士団の詰め所に来て余計にあの香りが強くなった気がする。


 よくわからない何かに急き立てられるように木刀を右手に持ち掲げるとそこに左手を添えて打ち下ろす。


 「えいぃぃーっ!えいぃぃぃーっ!」


 普段の声からは考えられないような甲高い打ち込みの掛け声は殺魔の犬氏族特有である。他の種族も同じ流派の構えはできるがこの声は出ない。一部の猿氏族には習得できた者がいるようだがそれば数える程度だ。


 なお、神通力が高いとされる龍氏族は犬鳴がなくとも魔物を倒すことはできるが、いかんせん数が少ない。実際、騎士団に所属してる龍族は五名で少数精鋭を地でいっている状況なので魔物討伐の主力は犬氏族となる。


 犬鳴と呼ばれるこの声には神通力が宿り、声だけで退魔の力がある。それに合わせて殺魔の神木とされるムクノキを使うことで犬族だけは木刀で魔物を倒すことができる。


 「今日は気迫が違うな。」


 そう言って歩み寄ってきたのは殺魔の主で鳥族の隼瀬様である。まさか主の訪れに気づかないとは。


 「恐れ入ります。」


 「気迫が入りすぎて全てが犬鳴になっているぞ。加減してやれ若いものが怯える。」


 言われて、はたと周囲を見渡せば素振りをしてたであろう若い者たちは建物の角まで避難してこちらを伺い見ている。


 「あ……。すまない。」


 そんなつもりは無かったが犬鳴は魔物を払うほどの神通力とあって獣人にも負荷がかかる。慣れた者は力をいなす方法を心得ているが未熟な若手でしかもすぐ近くにいたなら尚更被害がデカかっただろう。申し訳ない。木刀を下げて素直に詫びる。


 「はっはっは!いい刺激になっただろう。たまには若いやつも鍛えてやれ。」


 「統治王イサハヤ様の仰せとあらば。」


 殺魔は統治王のことを尊敬を込めてイサハヤと呼ぶ。白髪頭に顎髭を蓄えた老齢でありながらその威厳は陰りを知らない。


 「おぬしが乱すとは珍しいな。何かあったか?」


 「いえ、どうも朝から……。」


 「朝から?」


 自分のことなのにうまく返事ができず首の後ろを擦るばかりである。


 「あまり自覚はないのですが……朝からどうも落ち着かないようで家人からも指摘されたものの原因がわからず……。」


 言ってて我ながら情けないと思いつつもこれの原因がわからないのだから仕方ない。


 「ふむ。……あぁ、そういう事か。」


 「統治王イサハヤ様?」


 老齢の主は何か思うところがあるらしい。納得顔で控えている家臣を呼ぶ。


 「午後の関所はどこの担当だったか?」


 「11番隊です。」


 「あぁ、ちょうどいいな。これも神の定めかな?東郷、本日の関所務めはそなたも参加せよ。」


 「はっ。仰せのとおりに……とはいえもとよりその予定ではありましたが、それが何か……。」


 「なぁに、我らが指南役にも春が来たということだろう。」


 そう言って朗らかに笑う主とその後ろで頷く側近たち。たしかにそろそろ季節の変わり目で春も間近ではあるが、ちょっと意味がわからない。


 周囲を見渡すと何か思い当たるフシがあるのか頷くものや得心のいった様子でこちらを見る者やなぜか目を輝かせているやつもいる。待て、その目を向けるなオレはおやつもおもちゃも持っていないぞ。



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