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第3話 騎士道精神か親切か?

 騎士の大きな手が白い手袋を纏い、その見た目とは裏腹で丁寧にそして器用な手つきで天結の髪を白布に包んでくれた。


 「ありがとうございます。」


 まさか髪長族と気づいて態々白手袋を付けてくれるとは思わなかった。


 そういった思想の者たちを配慮する獣人はそこそこいるが、ここまで丁寧に対応してくれた者など長旅の中でも初めてのことで天結は驚きと感謝で礼を言うので精一杯だった。


 (この人毎回こんなことしてるのかな?騎士道精神ってやつかな?それとも殺魔の人はみんなこんなに親切なのかな?凄いなぁ。)


 そこでハッとして貰った紙の中で地図が載っているものを一番上に引っ張り上げる。


 「あの、ご親切ついでにお尋ねしてもいいですか?宿を取りたいのですがどちらの宿がおすすめですか?」


 二人の騎士を見上げるとプードルが口を開いた。


 「あー、それならこっち……ふがっ!」


 地図を指そうとしていた茶色の手が払われて、下顎から押されたマズルを呻かせた小犬丸は動きを止めた。


 「少し入り組んでいるがここがいいだろう。女将が狸の獣人で気立ても気風もいいから何かあっても大丈夫だろう。」


 薄花色の大きな手が握られて人差し指が真っ直ぐに一点をついた。


 指された場所に天結は視線を落とす。現在地と書き込まれた赤い点の所まで視線を彷徨わせていき、何回道を曲がるのか、大きな通りや目印になりそうなものはあるかなどをじっくり確認し、どの道が迷わないだろうかと何度も赤い点と指先を往復した。


 まじまじと見すぎただろうか、最初はしっかり紙を抑えていた指先がだんだんと力が抜かて今にも持ち上がりそうである。


 「道に自信がなければ案内するが……。」


 「え?」


 「はぁぁ?!」


 発せられたバリトンの声に、キョトンとした天結のアルトと驚愕を含んだテノールが重なった。


 「いえ、さすがにお仕事中にそんな図々しく道案内などお願いてきません。それに……勝手ながら身分のあるお方と推測します。そんな方にそういったことをお願いするのは申し訳ないですし、同僚の方もお困りになるかとも思います。」


 なぜなら左胸に付けられた勲章が1つや2つではない。びっちりとくっついて真っ直ぐに並べられたものが3列ある。階級を表すのか功績を表すものかは知らないがやはりそれだけついているということは名のある騎士なのだろうと推測する。


 当の本人はそんなこと歯牙にもかけた様子もないが。


 「遠慮…謙遜…や、立場のせいで嫌がられたのか……。」


 何やら一人でブツブツ言い出したのでどうしたものかともう一人の男を見上げる。


 「そんなに先輩が心配なら自分が案内をしますけど……。」


 プードルさんの元々垂れ耳なお耳がもっと垂れたような……。


 「は?それなら尚更私が行くに決まっているだろう。お前こそここで仕事してろ。」


 凄んだ重低音に小犬丸は背筋を伸ばして飛び上がる。


 長いことこの男の下で働いているがこういった理不尽を言われたことなどない。規律に従順でおおよそ違反なんてしたことないし、昼夜問わず己を律し鍛え人に役立つことこそ良しとするタイプだ。いくら親切といえどこれは少し度が過ぎないだろうか?と半ば犬丸が疑問に感じた時である。


 「あの、狛犬様!私は本当に大丈夫ですのでお仕事、頑張ってください!」


 「もう一度……。」


 「お仕事頑張ってください……?」


 「もちろん尽力しよう。たが、その前だ。」


 「その前……?私は大丈夫です……?」


 「まだ前。」


 「狛犬様……?」


 「藤だ。」


 「え、あ〜と……?小柴です……?」


 「狛犬はこのあたりでは多いので紛らわしいゆえ、藤と呼んでほしい。」


 なんでこんな会話になっているのかわからず頭の中がはてなで一杯になる天結であるが、じぃっと見つめられるので何か言わなければならないことは理解した。この場合希望した呼び方で名を読んでほしいということであろう。


 先程髪の毛にしてくれた扱いを考えるに悪い人ではないと思うのでここは素直に言うことを聞いていたほうがいいと判断する。少なくともあと五回はここに来るのは決まったので余計な波風は立てたくない。


 「わかりました。藤様「様はいらない。」あ、じゃぁ、藤さん。」


 故郷の駿河もそうだったし、途中で立ち寄った大和も出雲でも騎士は特別な職業だった。治安を守り国民を守り、時には國の要人も守る誇らしく立派な職業。だからこそ人々は尊敬し敬意を払うのだ。


 その一方で一定数の厄介なものがいることも知っている。その立場と腕力で物を言わせるものが。そういうものこそ敵に回すと厄介なのはわかっているのであまり馴れ馴れしくして睨まれてはたまらない。本人が良かろうと周りが良くないことだってあるのだ。


 迂闊なことはできない。


 だからこそ、目の前の男が呼び捨てで親しく呼んでほしいとしても聞くわけにはいかないのだ。それでもなおも無言の圧をかけるので、わからないふりをしてサラッと流す。


 「私のことは天結とお呼びください。」


 呼ぶより呼ばせるほうがこの場合リスクが低かろう。そんなことを思う天結である。


 「わかった。天結。」


 ふにゃりと溶けた目元に柔らかく上がった口角がかわいいな。だなんて思っていない。けして。ついでにブンブンと空を切る音も聞こえていないと信じている。





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