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第46話

 工房の中には大きな窯があり、棚には多くの皿や茶器などが並んでいた。


「ふえ~、気を付けないと割っちまいそうで怖ぇな」


 ジオットは周囲を注意深く見回し、棚に触れないように直立していた。


「それで、例の茶器は……?」


 本来の姿に戻ったラウルが深刻な表情で訊いた。

 ざっと見た感じ、ここにはなさそうだ。


「これじゃよ~ん……」


 トージンが棚の奥の方に置かれていた漆塗りの箱を出し、ふーっと埃を吹き飛ばした。


「これが……」


 箱を開けると、確かに白い茶壷と茶碗のセットが入っていた。

 が……


「あれ? これ、割れてねえ?」

「な、なんと……保存状態が悪かったっちゅうことかいな~」


 10のうち、二つ茶碗にひびが入っている。


「10個揃わなきゃ意味がねえ。さすがにこれ、試合じゃ使えねえだろ」

「確かに……トージンさん、これ、修復できませんか?」


 ラウルがひび割れた茶碗を持ち、深刻な表情で尋ねた。


「修復、修繕は難しいんじゃよね~。新品みたく綺麗に仕上げるのは不可能じゃし、傷モノを無理に使用したようにしか見えんのよ。そこで減点されかねん」

「あ~……ほかに、10個セットの茶器は……?」

「残念ながら、これ1セットしかないんじゃ。ここにはな」

「どこかに寄贈されたりは……?」

「うーん、どうじゃったかの~。そのときの気分で誰かに譲ったことはあったと思うんじゃけど、どこに贈ったかどうかまでは……覚えておらんの~」


――気分屋って性格が、面倒な事態を作ってるわけだな。在処ありかを調べて盗みだすのが最も手っ取り早いんだけど、そうすっと出どころがバレちまうってのが問題だな。


 ジオットが思いを巡らせ、嘆息する。


「そ、そうしましたら……無理を承知でお願いしたいのですが、もう一セットこしらえていただくことは可能ですか? 新規で」


 盗んでくるという選択肢を即座に棄てたらしいラウルがそう切り出した。


「随分簡単に言うがのう……」

「お代も言い値でお支払いいたします。額によってはすぐには無理かもしれませんが、何年かけてでも……いずれ……」

「………」

「お願いします!」と、大きく頭を下げられ、トージンがぽりぽりと頭を掻いた。

無料タダで造ってやるわい……」

「本当ですか!」

「ただ、材料の一部が品切れ状態でのう。この特殊な茶器を造るには、必要なものなんじゃ。造ってやる気概はあってもそれがなにより問題での~」

「それは――特殊な粘土とかですか?」

「アポイタイトという鉱石じゃ。粉状に砕いて粘土に混ぜて使う。それナシじゃと、ただの茶器にしかならんのよね~」

「アポイタイト……? 申し訳ないですが、それはどこに――」


 聞き覚えのない鉱石に眉をひそめ、ラウルが訊いた。


「バンプフ島という無人島じゃな~。昔はそこそこ人が住んでおったそうじゃが、数十年前に鉱山から毒ガスが発生したっちゅうことで、無人の島となった。が、いまはたまに資源を求めて訪れる者もおるらしいがの。珍しい鉱石なんかが豊富なんじゃよね~、その島」

「ということは、いまはその毒ガスが蔓延しているわけじゃないんでしょうか?」

「大丈夫じゃと思うがの~。たぶん」


 一瞬、トージンの目が泳いだ。


「たぶん……?」

「わしも一時期弟子を取っておってな。……そのとき島へ使いに遣ったことがあるからの~」


――そのとき、あんたの弟子は無事だったのかよ?


 と、ジオットが内心ツッコミを入れたが、ラウルにはその疑問は浮かばなかったらしい。


「行ってきます。それを持ち帰ってきたら、造っていただけるんですよね⁉」

「即決かの。こうも迷いなく応えるとは、すがすがしいわい。よほどその御仁ごじんが大切とみえる」


 目を細めるトージンに対し、ラウルは俯いた。


「あ……いえ。そのために暇を頂いてきましたから、成果を出さなければなりませんし……手ぶらで戻るわけにはいかないので」

「ふむ、そうか……それで、期限は――? 闘茶の行われる茶会はいつなんじゃ?」

「あとひと月といったところです。それまでに……」


 言いかけ、ラウルははっとした。


「あの、もしも製作期間がひと月以上ということになると、それは……」

「二週間。最短で二週間掛かる、ただし、材料がきっちり揃ってる場合ね~」


 右手で2を指すようにピースサインを造り、トージンは言った。


「――ということは、二週間以内にそのアポイタイトという鉱石を持ち帰らなければならないということになりますか?」


「そういうことになるの~。ただ、気候やなんかでスムーズに進められんことを考えると、余裕持って十日程度で持ち帰るっちゅうのが、理想じゃの~」

「十日……」


 リミットまで時間がない。


――こうしている場合じゃないな。


 どうにか戦利品をゲットして戻らなければならないという想いが、彼を突き動かした。


「一刻も早く持ち帰らなければならないので、今すぐ発ちます! では!」

「あ、おいっ……!」


 びゅん、と残像を残してラウルは姿を消した。


「あいつ、バンプフ島がどこにあるのか知ってんのかよ……」


 ものすごいスピードで獣道を駆け抜けていく同朋の姿を眺め、ジオットが呆れたように呟いた。

 正直、未舗装の道を難儀しながら進んでいたイングスの愛車よりも速そうだ。


「問題なかろう。しかし、あの一途さには好感が持てるのぉ。久々にいいものを見た~ってか~んじ~? じいちゃん頑張っちゃおうかな~って」

「ひたむきっつ~か、天然っつ~か……あのお嬢と出会うまではあんな感じじゃなかったんだけどな~。もう少し冷静だったっつ~のか」

「お嬢、とは? あやつの想い人か?」

「さあ。よくわかんねえけど……ただの主従関係って感覚じゃないのは確かっつ~か」


 自分の見解を語ることに躊躇ためらいを覚え、ジオットは言葉を濁した。


――なんせ、相手は『仕事』のターゲットだし。複雑だわな。


「間違いなく『ホンモノ』じゃな、その想いは」


 腕を組んでうんうん、と頷くトージンにジオットは苦笑した。


「その『想い』とやらに免じて、制作に応じてくれたんだったら、感謝感激雨あられ~って感じだけどな~。でもその想いを持ったあいつが肝心のアポイタイトってアイテムを持って来られなかったらどうすんだ……? やべえ島なんだよな? バンプフ島ってとこは」

「案ずるな。どうとでもなる」


 笑いを堪えるような表情で、トージンはジオットの肩を叩いた。


「あ? どういうこったよ」

「……さて、と。こうしちゃおれん。きゃつが戻ってくる前に少し話しておきたいことがあっての」


 晴れやかな笑みを浮かべたトージンは、奥の棚から帳面を取り出した。

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