イブニングドレスを身に着け、くねくねと腰を振り――もとい、よろよろとおぼつかない足取りで、田舎道を歩く美女。
腰まで届きそうなほどの長い茶髪も歩行に合わせて、ゆさゆさと揺れている。
ただ、この美女、やたら背が高いうえにピンヒールを履き、未舗装の田舎道を歩くのは、それなりに難易度が高そうだった。
「産まれたての小鹿みてえな歩き方すんなって」
それを支えるように隣を進むジオットが、よろける美女に冷たく言った。
「産まれたての小鹿だなんて、失礼しちゃう。わたしも一生懸命なのよ⁉ 獣道をピンヒールで歩くなんて、竹馬で前進しているようなものなの。この難易度、あなたも体験してみるといいわ!」
彼女の通った道には点々とヒールの穴が空いていた。
「変装に合わせて人格も変えられるって……よく考えたらすげえ特技だよな」
「ちょっと、おかしなこと言わないでちょうだい。とにかく、歩行に集中したいの」
美女は汗を拭い、前方を見据えた。
一本道の先には一軒の民家がある。
名のある陶芸家というには、随分こぢんまりとしているが、家屋の隣には工房らしき建物があったため、また住まいとは別の場所で制作しているのだろう。
家の前を訪れると、先ほど出会った老人――トージンがちょうど庭で作業をしていた。
「さきほどはどうも~、ご要望の美女を連れて参りました~」
ジオットが挨拶すると、傍らの美女が嫣然と微笑んだ。
「はじめまして。早速ですけど……お願いがありますの……」
「………」
トージンが美女の顔をまじまじと見つめた。
――あ、あんまりジロジロ見ないでくれ……。
予想した以上に注視され、美女の頬に汗が伝った。
「闘茶で使うために、トージンくん💛の茶器を譲っていただきたくて。
「ほぉ、闘茶にのう~。誰が使うんじゃ?」
色気たっぷりの美女にデレデレするかと思いきや、案外冷静な様子でトージンが尋ねた。
「そ……その、えっと……わ、わたしが……」
そう質問された場合の答えを用意していなかったため、美女が正直に答えていた。
「歩行もおぼつかないのにか? へっぴり腰で闘茶とは、な~にを考えておるんじゃ~? 入場した時点で失格を言い渡されかねんわい」
「へ、へっぴり腰なのは、この靴の
とん、と老人に腰を棒でつつかれ、美女はバランスを崩して転倒した。
「ひゃあっ、い、いやですわ、何をなさるので――す?」
険しい表情で見据えられ、美女は青ざめた。
同行したジオットの方を見遣ると、慌てて頭部を指している。
「⁉」
その視線で何が起こったのか察した彼女は頭に手を遣った。
――マズい……ヅラがズレて……!
茶髪が不自然な位置にあり、頭皮ではなく本来の黒髪が見えている。
大急ぎで変装したことが災いした。
慌ててヅラを元に戻すも、時すでに遅し。
トージンに睨み据えられ、美女――もとい、変装中のラウルは身体を震わせた。
「あ、あの~。実は病気の療養中で、わたし、ウィッグを……」
苦しい言い逃れをしようとすると、トージンは呆れたように深いため息を吐いた。
「――もうええわい」
「え……?」
ラウルが座り込んだまま、呆然としている。
「私利私欲のためにわしの道具を利用しようっちゅうわけじゃないんじゃろ~?」
「え、あ、そ、その……」
「おまえさんのその目、大事な人のために何かを為そうとしておる――そんな意志を秘めた瞳じゃ。妙な小細工せんで、最初っからそう言えばよかろう~? わし、そういうのに弱いんじゃよね~」
「だ、だ、大事というか……」
――ナディア嬢の機嫌を取り、我々の関係を良好にすることが『仕事』に繋がる。だから、大事といえば大事……だが。
ジオットをちらりと見遣ると、にやにやと意味深な表情をしていた。
――こいつとの会話はできるだけ避けるべきだな……余計なことを言い出しかねない。そうなったら、ボスにも厳しい目で見られてしまう。
なんぞとラウルがごちゃごちゃ考えていると――
「――来なさい」
すっかり柔和な表情になったトージンが工房に入っていき、手招きされたふたりは顔を見合わせた。