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第44話

 翌朝――

 イングスの「泊まっていくがよい」という申し出を断り、宿を取った3人は再び、彼の邸宅を訪れた。


「おお、来たか。では参るとしよう」


 約束の時間より遥か前に出発の準備を整えていたらしいイングス老人は、サングラスを装着すると、3人を伴って自身の赤いタウンカーに乗り込んだ。



「――うおっ! じいさん、運転荒いな……スピード狂か?」


 高速で街をすっとばし、舗装がイマイチの田舎道に突入すると車はロデオのように激しく跳ねた。

 その弊害として、派手に天井に打ち付けた頭を押さえてジオットが涙をにじませた。

 ほかの二人も防御態勢を取っている。


「人聞き悪いのう。こう見えても無事故無違反、ゴールデンなドライバーじゃ。モタモタしておったら、日が暮れるわい」


 慌ただしくギアチェンジとハンドル操作をしながら、イングスは不敵な笑みを浮かべる。

 日が暮れるどころか、家を出発してから30分ほどしか経っていないが、思った以上に気の短い老人であるらしい。


「それにしたってさあ――」

「なあに、あと10分もすれば着くわい。舌を噛まんように、気を付けるんじゃぞ」

「うほっ、やっべえ、いでででで」

「うわーん、お尻痛ぁい。もう少し、優しく運転してぇー」


――確かに荒いが、臨機応変なハンドルさばき……動体視力や反射神経には目をみはるものがある……やはり、この老人、只者ではないな……


 と、ひとり思案顔のラウルは、彼も必死で座席にしがみついていた。


 なんてことがあってから、5分ほどしたころ――


 ぷすん、と音を立て、獣道を進んでいたタウンカーが突然停車した。


「あ? どうした?」

「エンストしたようじゃ」


 イングスは汗をたらし、呆けたように呟いた。


「え、エンスト? こんなクソ田舎道でどうすんだよ? 整備士だって連れて来られねえぞ?」

「う、うるさいのう。こんな獣道は車に負担がかかるんじゃ! 幸いにもワシは芸達者で多趣味じゃ。整備の心得くらいある」


――多趣味?


 一抹の不安を覚えながら、ラウルはジオットたちとともに車から降りた。


「うーん……分からぬ。原因不明じゃ。みたところ、どこも異常がなさそうじゃ……」


 車体の下を調べていたイングスは、そこから出てきて汗を拭った。


「とにかく車を引いて、目的地まで行くしかないかのう」

「ええ? これ、うちらが引っ張っていくのぉ?」

「マジかよ~。蹴ったら調子戻るとか、そういうクセねえの? この車」


 蹴りを一発かまそうとするジオットを押さえ、イングスは涙ぐみながら汗を飛ばした。


「やめんか! ワシの愛車に無体なマネをしたら、承知せんぞ!」


 車体を運ぶ算段をはじめた一行に「どうしたんじゃ?」と、声をかける者があった。


「あ、ああ! トージン! ちょうどよかった。そなたのうちを訪ねようとしておったところじゃ! それがエンストしてしもうての」

「えー、わしんくんの~? なんの用? こんな大人数で」


 偏屈という話だったが、想像していた様子とは、だいぶ違う。

 白髪混じりの長い頭髪を後ろ束ねた、若いころは整っていたことを思わせる風貌は、渋め好みの女性にウケそうだった。

 が、服装はマオカラふうの作業着。

 さらにはペロペロキャンディを咥えているというのが、すべてを台無しにしている。


「そなたの茶器が入用でな」

「わしの茶器~? や~じゃね~。な~んかキナくさ~い感じ~。わしの作品を悪用するとかやめて欲しいし~」

「いきなり悪用と決めつけるな。闘茶の――」


 と、イングスが言いかけたところで――


「っていうか~。エンストとかマジ、ダッサいんじゃけど~。良からぬことを企んでバチが当たったんじゃな~いの~?」などと、トージンが笑い始めた。


「なんじゃと! こんな田舎道を想定した造りになっておらんからな、うちの愛車はデリケートなんじゃ」


 イングスが顔を真っ赤にして、反論した。


「はぁん、自分の間抜けさを棚上げして、なあに他人ひと様の近所をディスっておるんじゃ~? おまえの車が貧弱じゃっただけじゃろ~? ってか、ほんにエンストなんか?」

「そうじゃ! 突然……」


 トージンが運転席を覗き込むと「燃料空っぽの、ガス欠になってんじゃ~ん」と鼻を鳴らした。


「が、ガス欠⁉ エンストではなかったのか……」

「う~わ、ダッサぁ、ダサすぎるのぉ~? 『うっかりイングス』の名のとおり、相変わらずの粗忽者じゃ~ん。わしの特性老酒ラオチュウを燃料タンクに入れてやれば、普段よりよっぽど馬力が出るんじゃな~い?」

「ワシをおかしなあだ名で呼ぶな! それに老酒がガソリンの代わりになるわけがなかろう! 可愛い愛車を故障させる気か⁉」

「ものは試しじゃろ? わしの老酒は強力じゃよ~? なんせ、瀕死の重傷者でも呑めば一発で復活させたことがあるほどじゃし~」

「嘘を吐くな、ほら吹きジジイめ!」

「嘘じゃないもんね~。おまえ、新聞記事も読んでおらんの~? マ~ジ情弱! 情弱ゥ~」


 いつも持ち歩いている新聞の切り抜き――自分の老酒が昏倒している人間を救ったときの記事を見せ、ふふん、と得意げに胸を反らした。


「ローカル紙のこぉんな小さな記事など読んでおらんわ! 虫眼鏡でもやっと視界に入るほどのミクロな記事なんぞ誰が読むか! たまたま偶然、奇跡的にそういうことがあっただけじゃろう! 気付け薬代わりに! 老酒で患者が救えるのなら、医者も薬も必要ないわい!」

「あ~、やじゃやじゃ、新聞にも載ったことなのない地味ぃ~な輩って~、ひがみっぽいんじゃから~。まあ、わしほどビッグになると、別に珍しくもないんじゃけどね~」


 トージンは眉を八の字に寄せ、肩をすくめた。


「――って、感動の再会のご挨拶中、申し訳ねえんだけどよ」


 互いに毒づく老人の会話に割って入るよう、ジオットが口を挟んだ。


「別に感動などしておらんわ」


 イングスが憮然として腕組みをした。


「同じくじゃ~」


 トージンがイングスに背を向け、鼻をほじった。


「あのぉ、闘茶の対戦があるのぉ。おじいちゃまの造った茶器、貸してもらえないかな? ひとつの茶壷に対して、10の茶碗の組み合わせのが欲しいのぉ」


 ルカが目を潤ませ、上目遣いでトージンを見上げ、祈るように指を組んだ。


――いいぞ、ルカ。これでおまえの愛くるしさにジジイはイチコロだ! 


 人知れず、ジオットが拳を握る。

 しかし――


「……あん?」


 おうおう、任せろ、といった反応が返ってくるかと思いきや、トージンの表情は険しかった。


「なんじゃ~? この、脳筋っぽいオツムの軽そうな小娘は」

「の、のうき……⁉」


 ルカの表情がこわばった。


「わしをその気にさせたいんじゃったら、色っぽい美女でも連れてこいっちゅう話じゃ。お色気ハスキーボイスで『トージンくん、お願い💛』なんて懇願されたら考えてやってもいいがのう」


 ふん、と鼻を鳴らすと、トージンは自宅の方へ向かって歩き始めた。

 彼の姿が見えなくなった頃、


「偏屈かどうかはともかく、あのジジイ……ルカの『オヤジ転がし』が通用しねえ。こりゃ、参ったな。じいさん、あんたから言って――」


 ジオットが口惜しそうな表情で、イングスを見た。


「無駄じゃな。その場のノリでOKを出すこともあれば、ああして冷たく突っぱねることもある。一度『NO』と言われたものをひっくり返すのはより難儀じゃわい」


「あぁ~ん、作戦失敗。誰だよ、うちがおじいちゃんに取り入ることができるって言ったの~」

「うっせえなあ、おまえ、もうちっと知性を身につけろよ。色気も足んねえって。とにかくおまえじゃ、あのじいさんを落とすのは無理だ」

「むう~~~」


 頬を膨らませるルカを後目にジオットが「そうだ、ラウルおまえの変装でなんとかなんねえ?」と、傍らで事態を見守っていたラウルに言った。


「変装? どういうことだ? 新聞記者に化けるとかそういう――」


 新聞に掲載されたことを自慢に思うような人物であることを思えば、悪い作戦ではないかもしれない。


 だが、それで茶器を譲ってもらえるということには結びつかない。


――在処ありかを聞き出して、盗み出すということなのだろうか……。


「いや、もっと直接的な作戦。この話の流れだと、それが一番手っ取り早いって、そう思わねえ?」

「――え?」


 にんまりと微笑むジオットに、なんだか嫌な予感を覚えたラウルは表情を強張らせていた。




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