目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第42話

ルーネスと名乗る青年は繁華街の料理屋のいち店員でありながらも、茶芸の達人で、闘茶に心得のある祖父が居るという。


 仕事を終えるのを外で待っていたラウルたちに手を振りながら、料理屋の勝手口から出てきた彼は手を振った。


「遅くなり、すみません。参りましょうか」

「こちらこそ、無理をお願いして」

「いえいえ、とんでもない。私も独り暮らしの祖父が気になっていながら、なかなか訪ねる機会がなかったので……いいきっかけですよ」


 こうしてラウルたちはルーネスの祖父である、イングス・バ氏を訪ねることになった。


      ★


「じいちゃん、久しぶり。今日はお客さんを連れてきたよ」


 少しばかり古めかしい雰囲気のある、昔ながらの商店街といった風情の場所にイングス・バ氏の邸宅はあった。

 多少は歩かされたものの、そう都心から離れてはいないにも関わらず、賑やかな中心地とはずいぶん様子が違う。


「ルーネスか。珍しいのう。どうした、こんな時間に」


 こぢんまりとした建物が多い中では異色ともいえる、大き目の家の奥から姿を現したのは、白髭を蓄えたひとりの老人だった。


「うちの店に来てくれたお客さんがさ、闘茶について聞きたいっていうから、お連れしたんだよ」

「闘茶? それはまた……」と、驚いたように瞬きした彼は「さあ、上がりなされ」と言い、初対面にも関わらず、孫の連れてきた客だということで警戒するそぶりを見せず、中へと案内した。


「闘茶について話を聞きたいということでよろしいかな?」


 洋風の応接間に通し、客人である三人をソファに着かせると、茶器を運んできたイングスはそう尋ねた。


「ええ。よくご存じだという話でしたので」


 ラウルが丁寧な口調で応えた。


「ふむ……」


 自身の顎髭を撫で、茶碗をテーブルに置いた。

 そして、おもむろに茶壷を肩の高さまで上げる。


「あ――」


 そのまま、茶壷から滝のように淡いオレンジの液体が流れ落ちていき―― ジャスミン茶が茶碗に綺麗に収まり、湯気を上げていた。


「すごい、あの高さから注いでいるのに、全然零れていない⁉」


 初めて目にする見事な技に、ルカは感嘆の声を上げた。


「あの、もしかして闘茶の達人でいらっしゃるのですか?」


 ガッツリ食いついてくるラウルに、イングスは苦笑した。


「残念ながら多趣味なだけで、『達人』ではないのう。そなたが闘茶に興味を持っておるのか?」

「ええ……しかし、達人ではないのにそんな技を……?」

「これにはちょっとしたカラクリがあっての……知りたいか?」


 したり顔で老人が尋ねる。


――カラクリ? どういうことだ?


 この老人の知識や技術がいかほどかはさておき、達人と渡り合える秘策があるというのなら、聞かない手はない。


「もちろんです」


 ラウルは力強く頷いていた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?