ルーネスと名乗る青年は繁華街の料理屋のいち店員でありながらも、茶芸の達人で、闘茶に心得のある祖父が居るという。
仕事を終えるのを外で待っていたラウルたちに手を振りながら、料理屋の勝手口から出てきた彼は手を振った。
「遅くなり、すみません。参りましょうか」
「こちらこそ、無理をお願いして」
「いえいえ、とんでもない。私も独り暮らしの祖父が気になっていながら、なかなか訪ねる機会がなかったので……いいきっかけですよ」
こうしてラウルたちはルーネスの祖父である、イングス・バ氏を訪ねることになった。
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「じいちゃん、久しぶり。今日はお客さんを連れてきたよ」
少しばかり古めかしい雰囲気のある、昔ながらの商店街といった風情の場所にイングス・バ氏の邸宅はあった。
多少は歩かされたものの、そう都心から離れてはいないにも関わらず、賑やかな中心地とはずいぶん様子が違う。
「ルーネスか。珍しいのう。どうした、こんな時間に」
こぢんまりとした建物が多い中では異色ともいえる、大き目の家の奥から姿を現したのは、白髭を蓄えたひとりの老人だった。
「うちの店に来てくれたお客さんがさ、闘茶について聞きたいっていうから、お連れしたんだよ」
「闘茶? それはまた……」と、驚いたように瞬きした彼は「さあ、上がりなされ」と言い、初対面にも関わらず、孫の連れてきた客だということで警戒するそぶりを見せず、中へと案内した。
「闘茶について話を聞きたいということでよろしいかな?」
洋風の応接間に通し、客人である三人をソファに着かせると、茶器を運んできたイングスはそう尋ねた。
「ええ。よくご存じだという話でしたので」
ラウルが丁寧な口調で応えた。
「ふむ……」
自身の顎髭を撫で、茶碗をテーブルに置いた。
そして、おもむろに茶壷を肩の高さまで上げる。
「あ――」
そのまま、茶壷から滝のように淡いオレンジの液体が流れ落ちていき―― ジャスミン茶が茶碗に綺麗に収まり、湯気を上げていた。
「すごい、あの高さから注いでいるのに、全然零れていない⁉」
初めて目にする見事な技に、ルカは感嘆の声を上げた。
「あの、もしかして闘茶の達人でいらっしゃるのですか?」
ガッツリ食いついてくるラウルに、イングスは苦笑した。
「残念ながら多趣味なだけで、『達人』ではないのう。そなたが闘茶に興味を持っておるのか?」
「ええ……しかし、達人ではないのにそんな技を……?」
「これにはちょっとしたカラクリがあっての……知りたいか?」
したり顔で老人が尋ねる。
――カラクリ? どういうことだ?
この老人の知識や技術がいかほどかはさておき、達人と渡り合える秘策があるというのなら、聞かない手はない。
「もちろんです」
ラウルは力強く頷いていた。