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第41話

『シャオシン、今、帰りましたよ』


 ざーざーと耳障りなノイズ音が乗ってはいるが、確かにイヤホンからはウイキョウの声が聞こえる。


『おなか、空いたでしょう。お待たせしてすみません』


――なんだ? 家族が居るってことか?


 ラウルが小声で呟いた。


――それっぽいな……息子か娘か……腹減ったかどうかってヤツが尋ねてるところをみると、シングルファザーとかか? 

――意外と苦労人なのかも知れないな……。

――そこで妙な同情心みたいなの、要らねえから。……相手は敵なんだ。

――敵と言ってもな、闘茶で対決するだけだ。べつに常に敵対しているわけじゃない。

――甘いな、おまえはほんとに……。


 ジオットが呆れたように嘆息したところで、電池切れを起こしたかのようにぶつっと音声が途切れた。


「あっ! やっべえ、バッテリーが……しまった。予備もねえ……!」

「甘いのはどっちだ?」


 頭を抱えるジオットにラウルが冷たく言い放った。


「おまえのこういうところでのそういう台詞って、マジで性格悪いと思うわ」


 人の出入りを考えると、マンションの階段での長居は怪しいと思い直し、場所を移ろうとしたところで、窓からルカが戻ってきた。


「弱点、見つけたよ」


 にっこりと満面の笑み。

 その弱点とは、音声で拾った『シャオシン』のことを言っているのだろう。


      ★


「亀を飼ってた?」


 ウイキョウのマンションから少し離れた場所にある、騒がしい食堂に入ったところで、聞き間違いかと思ったラウルが訊き返した。


「そう、クサガメかな? すごくかわいがってる感じだったよ」


 これ以上ないほどに暖かな笑みを浮かべたウイキョウの姿が、ルカの脳裏に焼き付いている。


「人が居た雰囲気は?」

「うーん、あの様子だと、たぶん、同居してる人は居ないと思う。ペットも亀だけなんじゃないかな」

「なるほど。じゃあ、その大事な亀を誘拐して脅せば、苦労なく勝利が手に入るってわけか」


 ジオットがぽん、と手を打った。


「そうだね~。誘拐って表現、自分たちには馴染みないけど、盗んでくるってことなら専門分野だし」

「だとしたら、今すぐ動くのは得策じゃねえ。様子を探りつつ、勝負の前日あたりに仕掛けるのが吉だな。心を揺さぶるにももってこいだ」

「………」


 運ばれてきた料理をもくもくと口に運ぶラウル。

 ジオットは半眼になった。


「不服そうだな。でもそれが最も確実で楽な方法だ。ひと月『闘茶』に死ぬ気で賭けたベットしたって、勝ち目のねえ勝負だってことはよく分かってんだろ?」

「………」

「だんまりか。おまえが本気で怒ってるときは無口になるもんな……あー、めんどくせーヤツ。せっかくここまで協力してやったのによ」

「別に怒ってはいない。ただ……仮にことが順調に運んで、ウイキョウを脅すことに成功したとしても、不正がバレないという保証もない。それに誘拐した亀をうっかり死なせでもしたら、どうする? そうなったら取り返しがつかないことになるぞ」


 粥の椀を置き、ラウルが真剣な表情で言った。


「うーん、でも万が一ってときは似た亀を用意するって手もあるよ? 逆に人間の代わりを見つけるってミッションより断然イージーで現実的じゃない?」

「飼い主をナメているのか? それほどまでにかわいがっている亀、他の亀と見分けがつかない筈がないだろう? おまえは物事を甘く見ている」

「ぴえ~ん、エッジが怒ったあ」


 ぎろりと睨みつけられ、ルカがじんわりと涙を浮かべたことで「あー、泣かせた~」とジオットが調子に乗って発言し、ラウルが嘆息する。


「この件に関して、俺ひとりでどうにかする。だから……大丈夫だ」

「大丈夫って……」

「俺はしばらく首都で闘茶の専門家を探してみるつもりだ。それで、何かヒントを――」

「もう~、そんなやり方でうまくいくわけないじゃん。あ、すみません、お茶のお替りお願いしまーす」


 アヒルの丸焼きを頬張っていたルカが、店員に向かって手を挙げた。


「承知いたしました」


 ルカの要望に応え、制服の店員が変わった『道具』をスタッフルームから持ち出してきた。


「なんだあれは……」

「あの茶壷ちゃつぼ……あれを使って茶を淹れるというのか……」

 驚くラウルとジオットをよそに、店員はやたら嘴が長い茶壷を持ち、器用にそれを振り回すようなパフォーマンスをしながら、こちらへ向かってきていた。

「では、おぎいたします」

 一メートルはあろうかという長さの嘴を棒のように肩で抱え、店員は注ぎ口の角度を微妙に調整しつつ、空の茶碗に茶を注いだ。

「わあ、すごーい! おもしろーい‼」


 一連の動作が見事だったため、ルカが拍手をした。

 特殊な淹れ方をしたにもかかわらず、それは注ぎ口から茶碗までの距離が近かったこともあり、一滴も零れていなかった。


「お褒めに預かり光栄です」


 三人の茶を注ぎ終え、お辞儀をしたところで「あの……」とラウルが口を開いた。


「はい?」

「その、パフォーマンスは闘茶の一種なんでしょうか?」

「闘茶? ? ああ……。いえ、これは技を競うようなものではなく、単にお客様に喜んでもらうための茶芸です」


 ゾウの鼻のように長いくちばしの茶壷を片手で抱え、もう片方の手を振った。


「では、闘茶とは関係のないものですか?」

「そうですね……。私は闘茶については専門外ですが……私の祖父がその分野に造詣が深いようなことを昔、聞いたことはありまして――」

「え⁉ それは本当ですか?」 

 あまりのラウルの食いつき具合に、一瞬たじろぎつつも「よろしかったら、のちほどご案内しましょうか? 終業後となってしまいますが」と申し出てくれた。

「よろしくお願いします!」


 ラウルが大きく頭を下げた。


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