首都マカデミアは思った以上に広々とした都市だった。
建造物などは近代的で都会的なデザインでありながら、道路は広々としていて一軒あたりの敷地面積が広い。
坂が多く、狭い土地に建物がひしめき合っているピカン・シティよりは解放感がある。
「広いな。橋もデカい」
夕暮れ時に映える大きな橋を見て驚くラウルに「おまえ、都市に来たのって初めてなんだっけ?」と、ジオットが訊いた。
「ああ、物心ついてからはピカン・シティから出たことがほとんどないからな」
「そうなんだー。うちは出張多くてあっちこっち飛び回ってるから、結構ここにも来てるよ」
田舎から出てきたおのぼりさんさながらに辺りを見回すラウルに対し、ジオットとルカは慣れた様子で駅を出た。
三人は鉄道を使って首都マカデミアに訪れていた。
ピカン・シティが大陸果ての南東にある半島で、首都と離れているようなイメージがあったが、首都マカデミア自体が南寄りに位置し、アクセスのいい汽車であれば、3時間程度で到着する。
一方、車での移動は迂回を強いられるために、プラス一時間が必要とされていた。
「だいたい、首都に住んでるのは富裕層が多いって言われてるからな、カク家も当然ドデカい。ほれ、あの目立つ豪邸、あれが例の――」
「あれが……」
駅を出てしばらく歩いたところに、周囲の建造物より大きく豪奢な屋敷が現れた。
「さて、どうするか……」
待機すること数分、夕焼けが群青色に染まりかけ、ぽつぽつと街灯がともり始めた頃――
豪邸から少し離れた木陰から様子を見ながら、ジオットが言った。
「俺はここで待機する。例の令嬢と執事に面が割れてるからな」
「面が割れるも何も、忍び込むにしてもこのまんまの
『変装用の顔』を造れとばかりに自分の鼻先を指差すジオットに対し、ラウルは渋面になる。
「なあ、ジオット。やっぱりこういうのは気が進まないというか……せっかく人口の多い都心まで来たんだ。闘茶の達人を探して訪ねた方が、建設的じゃないか?」
「はあ? 何言ってんだ。おまえ、もしかして自分のこと、『イケてる執事』だと思ってんのか?」
一瞬、「うっ」と、言葉を詰まらせ、ラウルが「本業ではないからな」と、ぼそぼそと呟いた。
「――未熟なのは認める。だが、俺は決して飲み込みが悪い方じゃない。以前、ダンスを身に着ける必要があったときは一週間で、おおよその動きをマスターした経験がある。猶予はひと月もある。訓練すれば――あのウイキョウという男と遜色ないほどの――」
「なーに
「だとしても、茶会での対決というと……ウイキョウ以外の人間とも……対戦する必要が出てくる。その場合、どうやって勝ち進むと――」
「まあ――おまえがあのお嬢の期待に応えたいってのは分かるけどさ、とりあえず、グランナって令嬢に勝ちさえすりゃ、お嬢の留飲は下がるんだろ。つまり、ウイキョウさえ叩きのめせば問題ナシ。だから、オレは最短コースを選択するっつってんだよ」
「……だけど」
「あっ! 出てきた。あれ、噂のウイキョウじゃない?」
写真で姿を確認していたウイキョウが屋敷から出てきたのを見て、ルカが彼を指差した。
「ホントだ。しかも、一人だな。すげえ、こりゃ順調な滑り出しじゃねえか」
ノリノリでウイキョウの尾行を開始したジオットとルカに対し、ラウルは浮かない表情をしていた。
「――お、マンションに入ってくぞ。住み込みじゃなく、通いで働いてるってことか。ますます探りやすくて助かるぜ」
カク家の屋敷から数百メートルほど離れた場所にある、三階建ての低層マンションに入っていくウイキョウを追い、住民を装ってそっと中へと忍び込む。
「ここでこいつが役に立つわけだ」
階段脇から、ウイキョウの動向を見守りながら、ジオットはポケットから衣服にくっつくオナモミの実を思わせるトゲの付いた豆粒を取り出し、指で弾いた。
見事にターゲットの背中に付着すると、彼と共に308号室の部屋へと入っていった。
「それは?」
「これでヤツのことは探れる。ただし、音声のみなのが、心許ないとこではあるけどな」
黒い箱型の機器――受信機を取り出すと、ジオットは箱から伸びたイヤホンを左耳に突っ込み、もう片方の右側をラウルに渡した。
「盗聴するってことか……?」
「んじゃあ、ここから壁伝いでベランダのほうに出られるみたいだから、うちが向こうから様子を探ってくるよ。よっと……」
三階の廊下の端にある窓の縁に捕まり、ルカは身軽に外へと身を投げ出した。
「ルカ……?」
ラウルが窓から身を乗り出すと、微かな壁のくぼみや出っ張りを使って、ルカが素早く壁を伝っていくのが見えた。