「………」
その場に居た三人――ナディア、ラウル、マリーはしばし呆然としていた中、いち早く我に返ったのはマリーだった。
「ああ、お見送りすることを忘れていましたわ! わたくしとしたことが……ナディア様に恥を……」
「そ、そうでした。私もです……申し訳ございません」
「――別にいいわよ。あれには調子を崩されたわ。なんなの、あの執事……」
「完全無欠の、完璧超人でしたわ。あそこまでいくと……気味が悪いくらいですわね。まさか、湧き水の原産地まで当てられてしまうなんて……」
マリーが唇を噛んだ。
真面目一辺倒である彼女のその発言を、ラウルは意外に感じた。
「ああいう方を執事の理想としているのではないのですか?」
「常識を超えていますわ。まさか、手品のような技でもてなすなんて……少々型破りかと」
「そう……ですか」
ラウルは奇術に関しては素人だとはいえ、スリの技巧でそれっぽいことをやって見せることは出来そうだと思ったが、あれほどまで優雅なふるまいを見せることは難しいかも知れない。
――つまりはすべてに置いて、俺の敗北だと……。
こぶしを握り締め、ラウルは俯いた。
「ナディア様……お茶会は欠席なさるのですよね?」
恐る恐る、マリーが訊いた。
「欠席? 冗談じゃないわ! あんな執事がいたからってどうだってのよ?」
先ほどとは真逆のことを言い、ナディアがくわっと目を見開いた。
「しかし……それでは……お嬢様が恥をかかれるだけでは?
ナディアとは同じく、一八〇度意見を変えたマリーは困ったように、ナディアを見つめた。
「だから、打ち負かしてやればいいのよ、うちの執事が!」
「……え」
同時に視線を向けられ、ラウルはたじろいだ。
「無理ですわ! ラウルさんは執事としては半人前、それに……いくら運動神経がいいとはいっても、あのような技、いったいどうやって身に着けるというのですか⁉ お茶会はひと月後なのでしょう? 間に合うはずがありませんわ!」
ラウルが何か言う前に、マリーが声高に叫んだ。
――いや、まあ、確かにそのとおりだが……。ここで敗北を認めるのも……。
ラウルの意志もナディアと同じ――つまり、お茶会に参加して相手に勝ちたいという――方に傾いていた。
「とりあえず、やれることはやってみましょう。出来る限り努力します」
そう、ラウルが宣言したことにより、お茶会への参加が決定づけられた。
★
ピカン・シティを駆ける高級タウンカーは、少々周囲から浮いていて、注目の的となっているようだった。
行きかう人々が振り返っていた。
「ああ、ナディアのあの悔しそうな顔、見た? 愉快だったわ。ああ、本当に最高」
ふかふかの後部座席から雑然とした街並みを眺めながら、グランデが笑った。
「……ええ。しかし、僕に挑戦的な視線を送っていらっしゃいました。きっと、勝負なさるおつもりでしょう」
運転席のウイキョウが冷静に応えた。
「勝負? あなたとあの執事がどう勝負になるというの? 結果は見えてるじゃない」
「とはいえ、彼の実力を見たわけではありませんから。現時点ではなんとも……それにあの瞳は――」
「瞳? 確かにハンサムではあったけど、棒立ちしてただけの、役立たずじゃない。あんなのなんてことないわ」
「……だといいのですが……」
そう応えながらも、ナディア嬢の執事には常人ならざる雰囲気を感じておっていた。
――ある瞬間、鷹の目のような鋭さを感じた。只者とは思えないが……。
「ちょっと、考え事しないで。信号変わったわよ」
「あ、申し訳ありません……」
信号が赤から青に変わったことを指摘され、急発進したことで、グランナが窓に頭をぶつけた。
「たっ……! ちょっと、気を付けて」
「あああ、申し訳ございません」
「……考え事をするとやらかすっていうのは、あなたの唯一の欠点かしらね?」
そう言いつつも、ライバルを大きく突き放したという自負があったグランナの口元には余裕の笑みが浮かんでいた。