「…………」
一見すると、令嬢を組み敷いているようにしか見えない態勢のラウルがゆっくりと振り返る。
部屋の出入り口には、余所行きの格好をした侍女長がドアノブを握ったまま凍り付いていた。
「あ、あああ、その、こ、これは……」
慌てて跳びのき、ラウルは「そ、外に、何か不審な影がっ」と、慌てて言い訳めいた台詞を吐いたが、マリーがふるふると身体を震わせていた。
「わ、わたくしが留守の間に……こ、このような……」
「ですからですねっ、その窓へ飛び移ろうとしたところ、その、失敗をして……」
「お嬢様を押し倒していたと⁉ えええええい、執事の分際で
いつの間にか、マリーの手には
「ええええ! ま、マリーさん、いったいどこから……⁉」
マリーはそれを振り回しながら、ラウルに向かってきた。
「どこからもそこからもございませんわ! お嬢様をお守りするために常に携帯しております。覚悟なさいませ!」
「ちょっ……わっ! ですから、誤解ですって」
「問答無用ですわーー!」
――どうする? ここは眠らせて……やり過ごすか……?
彼女の攻撃をかわしながら、ラウルは懐の催眠銃を握った。
「んも~~~、なんの騒ぎ?」
さらにナディアの声で、ラウルは『ムンクの叫び状態』と化す。
「お嬢様、このゴミムシが、お嬢様に不埒な真似を!」
「ゴミムシって……あの、違うんですよ。お嬢様にお茶をお運びしたあとに不審な人影が見えたので、それで……」
言い訳としては苦しいが、実はこの部屋でナディアが目を醒ました際に誤魔化すために、ある程度仕込んではおいた――窓の外に怪しい人影が見えるように。
ただ、マリーが戻ってきている、というのは想定外だったために、どの程度通用するかは分からない。
「ああ~、そうね。確かに、なんか変な人影が見えた気がしたから、反射的に叫んだかもしれないわ。そのあと気絶しちゃったみたいだけど……で、なに? マリーは戻ってきてたの?」
身体を起こしながら、ナディアがあくびを漏らす。
――どういうことだ……?
いままで眠っていて状況が把握できていないにも関わらず、何故だかナディアはラウルの話に合わせようとしてくれている。
――それはそれで不気味というか……何を考えてるんだ……?
ラウルは胸を押さえ、息を呑んだ。
「いまの話、本当なのですかっ⁉ わたくしが……さきほど……うぷっ……きぼちわ……」
先ほどの立ち回り(?)で急激に酒が回ったらしく、棍を床に落としてマリーが座り込んで手で口元を覆った。
「やだ、マリー、結構呑んできたんじゃないの? ちょっと、しっかりして」
「そんなことはござ……」
「ちょっとラウル、早く彼女を洗面所に運んで! 早く!」
ここで嘔吐されてはたまったものではないと、ナディアが叫んだ。
「しょ、承知いたしました」
「ちょっと! わたくし、歩け……」
「いいですから、ここで吐かないでくださいよ」
ラウルが暴れるマリーを抱え上げて洗面所へ運んだことで、ことなきを得たのだった――