結局トータルで17分ほど粘ったが、何もめぼしいものは見つからず、慎重に部屋を元に戻すことに務めたラウルは急いで廊下へ出た。
――時間が短すぎる……せっかくのチャンスもこれではロクに……。
「どうしたの、随分汗をかいてるみたいだけど……」
「っ⁉」
階段の手すりに捕まって項垂れていたところ、部屋着姿のナディアに背後に立たれ、ラウルはびくりとした。
「あ、いえ……その……階段を五往復致しまして……それで……」
「上り下りしたってこと? なんのために?」
「あ……う、運動……というかまあ……」
ラウルは汗を拭いつつ、表情をひきつらせた。
――まともな言い訳が思い浮かばなかった……これでは、怪しすぎるな。
話の流れをどう持っていけば自然なのだろうか。
焦りが邪魔して、いまは妙案が降りてきてはくれなかった。
が……
「ふーん、男の人って時折理解しがたい行動に出ることってあるわよね」
ナディアが、苦笑混じりに言った。
「え……」
意外な発言に、ラウルは瞬きをする。
「たとえばリー刑事なんてその典型だけど、なんでそんなバカみたいなことするんだろうって……」
「落ちていたヅラを頭に被ってみるとか……?」
「そう。彼が変わってるのは確かなんだけど、前任の執事も結構変わってたっていうか、ひとり、待ち時間にシャドーボクシングしてたりして……男の人ってそういうものなのかなって……」
「そ、そうですね。女性にはピンとこないのでしょうが、私はなんとなく……その方がシャドーボクシングをしていた理由が分かるような気がします」
前任者の行動に共感が持てるかどうかはともかく、ここは話を合わせておくべきだと、ラウルは必死に言いつくろった。
ただ、その
「とりあえず、休む前にお茶を飲みたい。淹れてくれる?」
「はい。かしこまりました」
慌ててキッチンの方へ走り去ったラウルは、ナディアの反応に心底安堵していた。
――もう少しで無事、一日が終わる……とはいえ、この好機を逃すのはバカげているな。あまり使いたくない手だが……。
寝る前にプーアル茶を飲む習慣があるナディアは、自室で待機していた。
――気取られる危険性はない……な。
キッチンに立ったラウルは令嬢がここに居ないとはいえ――一応、背後を気にしながら、そっと懐から折りたたまれた薬紙を取り出した。
――仮の姿とはいえ……俺は彼女に仕えているわけで……こんな非人道的なやり方が許されるものだろうか……。
一瞬、
――いや、俺が何故ここに居るのかを考えろ……。
そして、これ以上ない緊張感に見舞われながら、ティーポットから中身をティーカップに注いだ。
★
その、30分後――
すーすーと寝息を立て、令嬢がベッドに横たわっていた。
――しっかり寝入っているな。問題ない。
日中に出掛けた疲れと相まって、薬の効果はてきめんのようだ。
ラウルは彼女にしっかり毛布を掛け直すと、「ひとつ、もしものときのために、小細工だけはやっておくか」と、呟き窓を開け、そこから簡易的な手摺のような形状の出っ張り――フラワーボックスという――に出て少々作業を行う。
戻ってきた彼は早速、室内を物色しはじめた。
――めぼしいところはおおよそ見た……
まだ『下着収納エリア』は残っているが、そこは最後の最後、最終候補地だと自分に言い聞かせ、部屋じゅうを探るも何も見つからない。
「この部屋じゃないのか……?」
とすると、棚の向こうに隠し通路などがあって、その先に――
「令嬢とはいえ……個人がそこまでするか……?」
冷静に考えるとそうなのだが、どうしてもここに何かあると思えて仕方なかった。
――だが、今後そうやすやすとこの部屋に潜入できないことを思うと……。
やはり、本棚。
本棚が怪しいと、自身の勘がそう告げている。
ラウルは本棚の本を倒すか押し込むかが、スイッチとなっていると踏み、試みることにした。
大きな本棚がベッドの奥にあるため、そこに上がる必要があった。
――薬が効いていればすぐに起きることはないだろうが、やはりベッドの弾む感覚で目を醒まさないとも限らない……
そっと、ベッドに上がり、目に付いた本棚の本を倒してみる。
「……外れか。全部、試すしかな……」
『お嬢様ぁ~! ただいま、ただいま戻りましたよー‼』
と、突然、予期せぬ声が屋敷内に響き渡った。
「なっ……⁉」
どうやらマリーの声のようだが、いつもとテンションが違う。
妙に陽気というか、浮かれているというか……
春節の折り、酒でも呑んでいたのだろうか。
――明日の朝、戻ってくる予定じゃなかったのか?
予想外のことに、ラウルの身体がぐらついた。
――わっ
彼女を踏みつけないようにと思い、身をよじったところ――バランスを崩して転倒した彼は、あろうことにナディアに覆いかぶさるような態勢になってしまっていた。
――! ななななな、何をやっている……俺は……。
目の前にはすやすやと眠る令嬢の美貌があった。
そんな場合じゃないにも関わらず、どきりとして……
「―――」
不覚にも数秒間、彼女の寝顔に見惚れてしまっていた。
――! いかん、は、早くこの部屋から……とりあえず、脱出しなければ……。
「おぅ……っ!」
起き上がろうとするも、思った以上にベッドがバウンドしたため、うまく立てずに再び四つん這いになっていた。
「お嬢様~、マリーは最終便に飛び乗って急いで帰ってきましたのに。出迎えていただけないなんてっ……さみしいですわ~! もうお休みになられているのですか、おじょうさ――」
こんこんこんこん、という形ばかりの高速ノックのあと、すぐさまドアが開いたことで、ラウルは鍵をかけ忘れたことを心底後悔した。