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第31話

「……とりあえず、今がこれ以上にないほどの好機、だ」


 シャワーを浴びてくる、と浴室へ令嬢が消えたあと、ラウルはものすごい速さで彼女の部屋の前を訪れた。


――さすがに、鍵がかかっているようだな。


 手袋を嵌めた彼は持っていた針金を使って、難なくドアを開錠する。


「……え?」


 一歩足を踏み入れ、ペンライトを灯したところでラウルは困惑した。

 天蓋付きのベッド、洒落たドレッサーに高価なクローゼット、雰囲気のあるカーテンの掛かった大きな窓、豪奢なカーペットが敷かれた広々した部屋を想像していた彼は、その予想と違っていた部屋の様子に驚いたのだ。


――間違いじゃあ、ないよな……?


 そこは令嬢の部屋か? と思うほどにシンプルな構造になっていた。

 確かに家具類は上質なもののようだが、使用人の部屋とそう変わらないほど、飾りっけがなかったからだ。

 寝具は天蓋付きなどではなく、シックで機能性の高そうなベッドだ。


――もしや、メイドの部屋……? いや……。 


 しかし、部屋の位置関係はしっかりと頭に入れていたため、角部屋のここに間違いないと思い直す。

 壁際に設置された本棚にはぎっちりと本が並べられ、東側には机と椅子があった。

 寝室というより書斎という趣で、案外勉強家なのかも知れないと感心した。


「……これが……父親か」


 15,6歳頃のナディアと、髭を蓄えた砂色の髪をした男性の写真がベッドサイドに置かれている。


――あまり似ていないな。仲はよさそうだが……。


 しあわせそうな笑みを浮かべ、父親に寄りそう様子から、確執があるようには見えなかった。

 最も、数年前は仲のいい父娘だった可能性は高いが……。


――と、こうしている場合じゃないな。


 そんなに長い時間シャワーを浴びるとは考えづらいことから、後片付けを含めて考えると、この部屋を安全に探れるのも20分……いや、15分程度が限界だろう。

 当たりを付けないと、埒が明かない。


――こればかりは勘で探るしかないな。


 少し悩んだラウルは、机の引き出しを順に開けていく。


「目利きの割にはよく分からんものが多いな」


 ホラガイやアコヤガイなど、そこそこ珍しそうな貝殻はあるが、どう見てもたいした価値のあるものではない、海で拾ったようなガラクタが箱に入れてあった。


――海洋生物に興味があるということなのか?


 いずれにせよ、令嬢のコレクションとしては変わっている。

 そうして探っていくうちに、年代物の万年筆やちょっとしたアクセサリは出てきたが、どう考えても秘宝と呼べるような代物ではない。


「とすると……」


 腕時計に目を遣ると、部屋に侵入してから既に10分が経過していた。


――あと五分程度で、どこまで……。


 滴る汗を拭い、クローゼットを開ける。

 外観こそ派手さはなかったが、中身はやはり令嬢のそれで、たくさんの美しいドレスが掛けられている。

 だが、それだけだ。

 宝石箱らしいものが見つからない。


――これじゃ、なんのヒントも……。


 焦りを覚えつつ、クローゼット下の引き出しを開けたラウルはぎょっとした表情をすると、「ここは後回しだ」とすぐさま閉めた。

 後回しもなにももう時間がないのだが、反射的に引き出しを閉めたのは、そこが下着のゾーンだったたため、怪盗から変態に身を落とすことだけは避けたかったのだ。

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