目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第19話

――なにがあなたの大切な『商売道具』をいただきます、だ。


 予告状を握りつぶし、苦虫を噛み潰したような表情で、『彼』はブランデーを飲み干した。

 2DKとそこそこの広さだが、キッチンに調理器具などが少ないために生活感がなく、西側の部屋にはセミシングルのベッドとソファにテーブル、一方の東の部屋にはエクササイズの器具などが置かれている。

 根元まできっちり金色に染められたテクノカットをした、彫の深い美しい顔立ちの彼がこんな表情をするなんて、世間ではイメージされないだろう。

 表向きはあくまでさわやかさを売りにしている、物腰の柔らかい美青年だ。


――誰かのいたずらの可能性はある。アルテミスとやらが、俺の私物を狙うメリットが分からねえからな。


「だとしたら、誰の仕業か突き止めてやって――」


 と言ったところで、何者かの気配を感じ、彼――アガルトは顔を上げた。


「! なっ……! おい、中に入っていいなんて言ってねえだろ。ってか、どうやって入った⁉」


 突然現れた二人組の警官に驚き、アガルトはソファに腰かけたまま、テーブルを叩いて講義した。


「そりゃ、オレたちプロだもんで。これくらいの鍵はチョロイっていうか」


 これ見よがしに針金を見せながら、ジオットが言った。


「ぷ、プロ? 警官だろ? 市民を守るのが仕事じゃないか! 勝手に入ってくるなんて、プライバシーの侵害だろう!」

「残念ながら、防衛そっち方面のプロじゃない。――何者かは分かるな?」


 銃を突きつけながら、ラウル。

 警官の変装をしている分、独特の凄みがあった。


「なんだよ⁉ どうなってやがる? もしかして、怪盗――⁉」

「おーっと、静かに頼むぜ。どこから声が漏れるか分からねえ」


 ジオットが人差し指を口元に当てる。


「予告状には朝五時とあったよな? 予告通りに現れる、それが怪盗アルテミスの手法じゃないのか?」


 銃口を向けられ、両手を挙げたアガルトが言った。


「時間どおりに現れると読んでいるなら、少々見当違いだ」


 ラウルが表情を変えずに言った。


「どういうことだ? だったら、予告に書いてあるのは何の時間だ?」

「おおよそ獲物を獲得して立ち去るタイミング。ギャラリーの前に姿を現すか否かは、そのときのやり方で変わるがな」

「そういうことなんだな~。ってことで、狙いのものをいただきたいんだけど~?」


 ソファに腰かけたまま立ち上がろうとはせず、アガルトは西側の部屋を指した。


「俺の商売道具なら、あっちだ」

「あっち、ねえ。具体的に『何』って記してるわけじゃないのに。抽象的な表現を使ったのはせめてもの気遣いだ。ちなみに何のことだと思ってた?」

「この肉体を作る器具類を盗み出すっていうんじゃないのか?」


 アガルトの台詞を受け、ジオットが肩をすくめた。


「肉体を作る……?」

「だから、トレーニングの器具類」

「そりゃあ、大掛かりになりそうだな。だけど、そんな抽象的なものじゃなくってな。盗られて即致命的なモノだよ。依頼者の話では外に出るのも億劫になるってくらいの。てかさ~、分かっててしらばっくれてんだろ? 往生際が悪いな」

「依頼者? 依頼者がいるってことか……怪盗の意志じゃないのか?」


 誰かに依頼されて訪れたと知り、アガルトに焦りの表情が浮かぶ。


「誰に恨み買ったかいちいち思い出してる場合じゃねえだろ。まあ、とにかく、あんたの秘密を知った上で、それを盗み出して欲しいって依頼を受けてな。素直に吐いてくれりゃあ、話は早い。吐かないってんなら――」

「なんの話だ? いったい誰の仕業なんだ?」

「そこはまあ、依頼者本人には明かしたい気持ちはあるらしいが、うちのボスが言うには――報復を恐れて、明確にするべきじゃないってな」

「ほう……ふく???」

「あんたにこっぴどくフラれた女の中のひとりだ。結婚の約束までしてたらしいな? モテるからって、あんま調子に乗らねえ方がいい」


――なんだ。ボスはおまえにそこまで話をしていたのか?


 ほとんど何も知らされずに送り出されたラウルが、アガルトに銃口を向けたまま、小声でジオットに尋ねた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?