マンションの廊下をふたりの警官が警戒気味に歩いていた。
「とりあえず、怪しまれずに入れたな。第一関門突破~」
「~~~表に居た警官にジロジロ見られてたがな。怪しまれるのも時間の問題だろう」
「そうかぁ? この制服にどこにでも居そうな平凡なマスク。しっかり擬態へできてんだろ? おまえの方がちっとばっかし、イケメンフェイスなのが気に食わねえけどよ」
警官の制服を着て、平均的な顔立ちのリアルなマスクを装着したジオットが、不自由な足取りで進みながら面白くなさそうに鼻を鳴らした。
確かにラウルの『顔』の方が少し整っているように見える。
「骨格に合わせて顔を造ったらこうなった。――たいして違いはないだろう。それよりおまえのその歩き方、なんとかならないのか?」
「なんとかって~? 無茶言うなよ。この制服デカすぎて普通に歩いてたらズボンがズルズル下がってくんだよ。合わない制服を着ての怪盗活動なんて、すげえハンデだよなあ~。もしものときは脱皮して逃げるっきゃねえよ。あ~、こんなことなら、勝負下着にしときゃあよかったぜ」
「くだらない冗談はいい。ターゲットの部屋は……5階だったな」
「あっちの非常階段上ってすぐの角部屋の筈」
「506号室……と」
非常階段を上がったところで、「交代を言い渡されました」と、ジオットがくだんの部屋の前に立っている二人組の警官に声を掛けた。
「交代~? 休憩していいってことか?」
「はぁい。一階エントランスにて、美味しい仕出し弁当が用意されてますので、ぜひ~」
ジオットが揉み手を作って笑顔で応える。
「弁当? そりゃいいな。行くか?」
それを受けた警官Aが顔をほころばせた。
「そうだな」
警官Bも何の疑いも持っていなさそうだ。
ジオットの出まかせをあっさりと信じ、ふたりの警官は嬉々として階段を下って行った。
「なんだ。めちゃくちゃ簡単だったな。眠らせた方がいいかとか、いろいろ考えてたのに拍子抜け」
「油断禁物だがな……」
どうやら、このフロアにはふたりの警官しか配置されていなかったらしく、このまま侵入することは、さほど難しいことではなさそうだ。
「単純な造りの鍵だ。すぐに――」
ジオットが該当の部屋前にしゃがみんで鍵穴を眺め、ポケットから針金を取り出そうとしたところで――
「きみたちの持ち場はここだった?」と、突如、声を掛けられた。
ひやりと階段の方を向く。
そこにはアフロヘアをしたスーツの男の姿があった。
――刑事か。
「えっと……その、交代を……なあ」
ジオットが目を泳がせながら、隣のラウルに話を振った。
「ええ。同じ場所に居ても集中力が下がってきますから、緊張感を高めるために持ち場の交代を。我々の代わりの警官が玄関前へ出向いた筈ですが」
「そうかあ。確かに、悪くない作戦だ」
にっこりと微笑んだリー刑事は、しかし「だけど詰めが甘いかな」と、鋭くラウルを見据えた。
「―――」
「つ、詰めが甘いとは? ヤツはもう現れたのでしょうか?」
あくまで誤魔化し通すつもりで、ジオットがきょろきょろと周囲を見回した。
「ごくごく基本的なところだよ。制服はもっとスマートに着こなさなくてはならないだろう。服装の乱れは心の乱れ。ボクは口酸っぱく言ってるよね? サイズの合った清潔な制服を身に着けろって。だから……さすがにそれはない」
ジオットがズボンを引き上げながら、大きく頭を下げた。
「も、申し訳ありません! 実はっ自分は現場が初めてでっ……不覚にも緊張のあまり……その、
「――なるほど。随分と脆弱なメンタルだ。警官に向かないんじゃないのかな?」
「面目ございません。しかし、せっかくの機会、なんとかお役に立ちたいと――」
必死に頭を下げるジオットに冷たい視線を向けたあと、
「ふぅん、じゃあ……きみはこのフロアに居るといい。だが、ただ廊下でつっ立ってたって仕方ないだろう。意外性のあるところがお薦めだ。たとえば――そこの掃除用具入れ、とか……」
廊下の隅にある、人ひとりが入れるかどうかという倉庫を指さした。
「そんな狭いところに、ですか?」
「捜査上、狭いところに潜んで
「自分は……その……閉所恐怖症で。五秒と経たずに発狂する危険が……」
汗だくになるジオットを見据え、リー刑事はにやりと笑った。
「だったらなおさら、訓練だと思えばいい。今後も狭い場所に待機することは大いにありうる。その手前でボクが待機しよう」
リー刑事は掃除用具入れの扉を開け、強引にジオットの身体を押し込もうとする。
――これはただの掃除用具入れだ。抜け穴なんてものもない。こいつが怪盗だとしたら、ここで確保すればいいんだ。