「まさか、おまえが執事になるとはな。そんなこと想像もしなかったぞ」
一見さんはお断り――そんな雰囲気の漂う、場末の地下の酒場にてバーテンのような服装をした金髪美女に笑みを向けられ、ラウルは面白くなさそうに嘆息した。
「……俺もですよ。まさか、下見に入っただけのつもりが、こんなことに……」
「随分疲弊しているようだが……?」
「~~~戻ってくるまで三日を要したところで察してください」
出された飲み物に口をつけると、ラウルは本当に草臥れたと言った様子で力なくグラスを置いた。
「当日戻ってこなかったから、死んだのかと思ったんだ。そうしたら、ジオットのヤツが『エッジは屋敷の連中にこき使われてる』って情報を持ってきてな。おまえが戻るまでは何を言っているのかイマイチ理解できなかった」
「……あの野郎……他人事だな……」
そっと見ているだけでなく、抜け出すのに協力くらいしてほしかったと思う。
「――で? 肝心の『華麗なる忠誠』の在処は?」
表向きはさびれた酒場の店主。
だが、怪盗団アルテミスの統領である、ローザ・シーという裏の顔を持つ、謎多き女性だ。
「それが、まだ……」
ラウルは気まずそうにかぶりを振った。
「なんだ、らしくない。三日もあれば見当くらいつくだろう」
「ですから……」
あの脱走の件のあと、マリーにはペナルティのように雑務を死ぬほど押し付けられ、ようやく休憩にこぎつけたと思ったらお嬢様の運転手と、屋敷を探るどころか、十分に身体を休めることすらできていない。
「今回の獲物はどういうものかはハッキリ分からない。だが、依頼者の話では、相当な価値のある宝だということだ。早く手に入れるに越したことはないが、お嬢様にお仕えしながら、『従来の任務』をこなしていくというのもアリだろう」
「え? 執事の業務だけで手一杯なんですが?」
「手堅いターゲットだと思えば、お嬢様及び、屋敷の従者たちとの信頼関係を築いておくのも仕事だ。慎重にことを進めていくに越したことはない。それで早速次なるミッションの話だが――」
「……ちょっと待ってください。この状況じゃ……」
思わず、ラウルは立ち上がった。
「人出が足りないのはおまえもよく知っているだろう。今回、時間を要し、成し遂げられないおまえにも原因はある」
「なんですか、その無茶な理屈は‼ だから、執事の仕事で手一杯だと……この――『華麗なる忠誠の奪取ミッション』から外してくれるなら、見当します」
「そうしてやりたいのはヤマヤマだが、入れ代わり立ち代わり、他人がルオ家に出入りするのは怪しまれるだろう。却ってリスキーだ。このまま、おまえには任務達成まで居ついてもらいたい。――考えてもみろ、なにもデメリットだけじゃない、美味しい想いもしているのではないのか?」
ローザが意味深な笑みを浮かべた。
それを受け、ラウルは渋面になった。
「美味しい想い……? どういうことですか?」
「文字通りだ。旨い飯が食えて、豪華な部屋を与えられ、優雅な暮らしができているとな」
「~~~~~」
ラウルは額に手を当て、しばしの沈黙ののち、口を開いた。
「……確かに食事は上質ではありますが……」
「ん? 実は意外にマズいのか?」
「いえ、当然シェフの腕は一流で、三ツ星レストランの料理に引けをとらないほどです。ですが……」
ラウルの顔が青ざめた。
「うん? おまえが苦手な酢豚のパイナップルを食わされたのか?」
冗談のつもりで発した言葉だったが、ラウルの表情がこわばったことで、図星なのだとローザが悟った。
「しかし、おまえにはスリの技術もある。気づかれないよう避けるなり、こっそり捨てるなりすればよかっただろう」
「……そうしたくとも、目の前で見張られてましたからね」
ラウルが蒼い顔で、ナディアと時計塔を訪れた日の、夕食の風景を思い出す。