日中の公道の人通りはそれなりだったが、たいして時間を要せず、時計塔近くに到着した。
車を所持していうのも富裕層だということもあって、庶民の足とは言い難い状況のため、駐車場などは整備されていない。
傍らに車を停めたところで、ナディアは自らドアを開けて飛び出していた。
「おじょ……」
ここは執事が恭しくドアを開けるべきだと思っていたが……。
「裏口から入れるようになってるから。上で待ってるわね」
令嬢らしからぬアクティブさに呆気に取られていたが、ラウルは盗人対策の施錠などをして、彼女に続いた。
通常、入口のところで入場料を払わなければならないが、受付の中年男性からは、「お嬢様からひと月分、お支払い頂いております」と言われ――そういう事情で顔パスらしいと悟ったラウルは塔の中へ入った。
時計塔の頂点へと導くよう、らせん階段が張り巡らされている。
一応は観光名所として有名な建造物というだけあって、ところどころ手すりが添えられ、ランプの明かりも煌々と灯ってはいた。
「お嬢様……」
かなりの速さで駆け上がっているようで、かんかんとリズミカルな靴音が響いていた。
――あまり離れていて、何かあったらまずいな……。
侍女長であるマリーの許可を取らずに出てきた上に怪我でもさせてしまったらとんでもないと、ラウルは駆け足で上り始めた。
「さっき見せた反射神経と運動神経はどうしたのよ? 思ったより遅い」
階段の頂きに達していたナディアは、手すりにもたれかかり、からかうように言った。
「車の施錠などしておりましたので。随分とスタートが遅れてしまいました」
「言い訳臭いわねー。ま、いいわ。行きましょ。絶景だから」
ナディアは階段の先にある、扉を指さした。
扉を開けると、円形の屋上になっていて、肩の高さ位の策はあるが、そこから街が見下ろせるようになっていた。
「綺麗よね。わたし、ここから見る光景が好きなの」
風に髪をなびかせながら、ナディアが微笑んだ。
「……私もです」
何故だかどきりとして、ラウルはそう応えていた。
高い場所から眺める街の風景は――模型のようで、動き回る人々は小さく愛らしいとも。
「なんだか気持ちが落ち着くのよね。実際はごみごみした街だけど、遠くから見ると映えるっていうか、空と下界とのコントラストなんて見ごたえあるし」
「ええ……」
「さっき、わたしがここに居る理由、少し話したけど……実は大きな目標があるの」
「大きな目標、ですか……?」
「怪盗団アルテミス……彼らを捕らえるって」
「―――」
下界を眺めているナディアは気づかなかったが、ラウルはひどく動揺していた。
何を隠そう、彼が怪盗団アルテミスの一員だからに過ぎない。
「そう、そのために……有能な執事を探してたのよ。もちろん、父との繋がりのない者をね」
「し、しかし……私にそのような……」
「わたしの見る目は確かだわ。あなた、悟られないように振舞ってるけど、相当なポテンシャルの持ち主よね。特に運動神経はそこいらのアスリートよりも上――違う?」
「あ……かいかぶりすぎですよ。いやだなあ」
「ふーん。ま、そのうちハッキリするかな。あっ、やだ……」
彼女はイヤリングを外し、うっかりを装ったようにそれを落とした。
それが足元に落ち、転がるようにして策から転落しようとしていた。
「――!」
反射的に宙に飛び出し、それを左手でキャッチしたラウルは右手で策を掴み、難なく戻ってきていた。
「すっご~い! やるじゃない」
「お嬢様……」
「やっぱり有望よね。よろしく頼むわ、ラウル」
――しまった……。つい……。
なかなか複雑な環境に身を置くことになり、ラウルは苦悩することになるのだった。