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第7話

 屋敷の敷地内にあった車庫には黒のタウンカーが停めてあり、とりあえず後部座席のドアを開けるべきか、と逡巡していると――


「運転は出来るのよね?」

「まあ……一応」


 運転できるかどうかを確認もせずに雇ったということにはやや辟易するが、あの様子ではとにかく前任者の代わりをすぐに見つけたかったということだろう。

 クランク棒をラウルに手渡し、ナディアが助手席に乗り込んだ。

 ラウルは本当にいいのだろうか、という不安を胸に、クランクシャフトに棒を差し込み、回してエンジンを掛けた。

 運転席のドアを開けたところで「やるじゃない。こんなにスムーズにエンジン掛けられるなんて」とナディアが微笑み、前任のデンギルがいつもここで苦戦していたのだと続ける。


「それは……光栄ですが。どちらへ?」

「とりあえず、彼女らを振り切るところからね。すぐに発進できる?」


 という声の後、こちらへ駆けつけてくるマリーとイリアの姿が目に入った。


「え? これはまずいのでは?」

「いいから。うまく躱しながら出して。門の一部くらい壊しても構わないわ」

「しかし……」

「早く!」


 結局、彼女に気圧される形で車を急発進させ、立ち塞がるマリーに衝突しそうになるも、ラウルのハンドル巧みな操作により、間一髪というところで接触は免れていた。

 そのまま、あらかじめナディアが開けてあったと思われる――門の方向へと車を走らせる。


「やるぅ! やっぱり思った通りの人材じゃない。わたしの目は節穴じゃないわね」


 とんでもない状況なのにも関わらず、後方のマリーを一瞥し、ナディアは愉快そうな表情でガッツポーズまでしている。


――ハチャメチャだな……大丈夫か?


 汗を滴らせながら、ラウルはハンドルを握っていた。



 そのまま、ナディアの要望に応える形で、ラウルは繁華街へ向かって車を走らせる。


「――いろんな人に不思議がられるんだけど……」


 外を眺めながら、ナディアが呟いた。


「はい……」

「首都で生まれ育ったわたしが何故、この街に居るのかというとね」

「……はい」

「この街の自由さに居心地のよさを感じるの。パパに言わせれば治安が悪くて一人娘を置くのは心配らしいんだけど……。でも、この雑然とした感じが好きなのよ」


 狭い街にはビルが立ち並び、人口が密集している。

 首都の方や比較的規律の厳しい土地では違法とされる賭博や薬、夜の商売などが横行していて、犯罪の匂いがした。

 毎日多くの人間が姿を消しているが、所在は分からないままだ。


「そう……ですか。確かに、お嬢様には相応しい街だとは思えませんでしたから……」


 だが、それは表向きの口実というか、別に理由があるのではないかとラウルは思った。


――父親との確執……とかな。まあ、今のところはどうでもいいが。


「時計塔に行きたい。向かってくれる?」

「……かしこまりました」


 時計塔はこの街の中心地にある、目印としても有名な建造物だ。

 そして、ラウル自身も気に入っている場所でもある――現に、一昨日の夜、そこへ訪れていた。

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