ラウルの正体、それは――
怪盗団アルテミスのエース、エッジという通名を持つ、腕利きの怪盗だ。
ここへ訪れた真の目的は大富豪ルオ家の娘――ナディア・ピオーネ・ルオの手に在るという、秘宝『華麗なる忠誠』を盗み出すというミッションをこなすためだった。
その怪盗が堂々とここを訪れたのは、下調べのためだ。
目標物の在処を探り、導線を確保したうえでのちに盗みに入るつもりで――
そして、どこかで会ったような既視感をナディアに抱かせたのは、今朝がた画廊に潜入し、名画を盗み出した怪盗が変装したラウルだったからに他ならなかった。
当のラウル=エッジはというと、絵画の奪取ミッションまっしぐらだったために、令嬢の存在には気づかなかったのだが……。
「どうしたの? 悪い話じゃないと思うけど。あなたにとっても、宝石商を廃業した方がためになるんじゃない?」
ハッキリ『ラウルに宝石商としてやっていく素質がない』という点を強調しながら、ナディアは考え事をしている様子のラウルの顔を覗き込んだ。
「あ、いえ……突然のことで驚いただけですから。その、私などがお仕えしてもよろしいのでしょうか……?」
そう言いながらも、内心では「確かに俺は目利きではないが、そこまで言われるほど見る目がないわけじゃない。――でなければ、有能な怪盗などやっていられる筈もないだろう。時間さえかければ……本物かどうかなど……」と、腑に落ちない想いだった。
「いいのいいの。仕事はこれから覚えてもらえばいいから。マリーは長く勤めてくれている、とっても優秀な侍女なの。うちのことは彼女に教えてもらえば問題ないから」
「お嬢様!」
ナディアの勝手な物言いに、マリーが柳眉を釣り上げた。
「わたしの信頼のおける執事が居なくなった以上、いち早く代わりを立てる必要があるの。マリー、それはあなたも分かってるんじゃない?」
――だからといって、誰でもいいというわけではないでしょう? 宝石商をやってらっしゃるという以外の情報はなく、素性の知れない方なんですよ?
さすがにラウルを前にして発言するのは
――この機を逃したら、すぐにパパが代わりを寄越すじゃない。わたしのこと、なんでも筒抜けになっちゃうし、そんなのに居つかれたら、あっという間に連れ戻されかねないわ。わたしとしては最も避けたいことなのよ。
首都マカデミアに暮らす、父のエルシスは娘が遠方――しかも、治安がいいとは言い難いピカン・シティに身を置いていることをよく思っていない。
社会勉強だの海の見える場所が落ち着くだのと、理由を付けてこの街に居座っているが、父が連れ戻そうとしていることはよく知っている。
父の手の者が入り込んでくるようなことがあれば、悠々自適なピカン半島の生活が崩されてしまう可能性が高いだろう。
父・エルシスを苦手としているナディアは、なによりもそれを恐れていた。
「ですが……!」
「それが困るっていうんなら、何が何でもデンギルを引き留めるべきだったんじゃない? わたしの意見も聞かず、あっさり退職に応じたあなたにも責任はあるわよね?」
「それは……責任転嫁というものです! ……あんなにやつれた表情で辞表を出されたら、NOとは言えませんわ……。それに、彼が辞めると言い出したのも、元をたどればお嬢様が無茶をさせ過ぎたからです」
「あの……」
最初はひそひそやり取りをしていた二人が次第にヒートアップしてきたところで、困惑したようにラウルが口を開いた。
「結局、私はどうすれば……?」
「雇うわ。あなたを執事としてね」
間髪入れずにそう言ったナディアは握手を求めるよう、手を伸ばした。
恐る恐るラウルがマリーに目を遣ると、額に手を当て諦めの表情をしていた。
ここで反対しても無駄だと知っている様子だ。
「よろしくね、ラウル」
こうして怪盗エッジはラウルとして、ルオ家の執事を務めることとなったのだった。