街はずれの洋館風の邸宅の前に黒のタウンカーが停まると、運転していた警官が降り、後部座席のドアを開けた。
「ありがと。お手間取らせちゃったわね」
中から出てきたのは、アクティブな令嬢――ナディアだった。
「あ、いえ……毎度、ご苦労さまです」
「うちに寄ってもらってお礼でもしたいところだけど、ちょっと、うちの侍女が煩いから……ここでね」
手を合わせるナディアの弱り顔に、ぽーっとした制服警官はハッとしたように、表情を引き締めた。
「い、いえいえ。では――」
車が発進したのを見計らったように門が開き、メイドらしき落ち着いた井出立ちの美女が姿を現した。
ぴしっと丈の長い制服を着こなし、長い金髪をひっつめにして、厳しい表情をしている。
「朝帰りとは……旦那様にどう申し上げればよろしいのやら」
「マリー、別になんにもやましいことなんてないわよ? 世間を騒がす怪盗を捕らえるために、正義の活動をしてるだけじゃない。送ってくれたのだって、警官だし」
侍女マリーの言葉に怯んだ様子はなく、ナディアは門をくぐって敷地内に入り、邸宅を目指して長いアプローチを歩みはじめた。
「わたくし、お嬢様の活動に関して物申しているわけではありません。お嬢様のような妙齢の女性の朝帰りは非常識だと、そう申し上げております」
「だったら、勝手に帰ったデンギルにも文句言ってよ。それでこんなに遅くなったんだから」
玄関ポーチに辿り着いたところで、マリーがため息を吐き、一通の封書を差し出した。
「? なにこれ?」
「辞表です。そのデンギル氏がもうお嬢様のワガママには付き合いきれないと」
「え、なにそれ……あんなに協力的だったのに、急に辞めるって……」
辞表を握ったまま、ナディアはわなわなと震えていた。
「ナディア様。いったい、執事……使用人をなんだと思ってるのですか? 彼然り、我々にだって生活はあります。二十四時間、付きっ切りでお嬢様のお世話できるわけではないでしょう? その上、わけの分からない探偵ゴッコなど……彼が辞めると言い出したのは至極当然ですわ」
「探偵ゴッコなんてバカにしないでよ! わたしは真剣に怪盗を捕まえたいと思ってるの! 人のものを盗んで悪さしてるのに、一部では義賊なんて呼ばれて、崇められてるって噂もあるんだから……調子に乗ってるのよ、『盗賊アルテミス』は! そんなの絶対に許せないじゃない⁉」
興奮気味にまくしたてるナディアを見据え、短く嘆息した。
「……随分お疲れのようですわね。十分にお休みになられた方がいいですわ」
これ以上会話を続ける気がないらしいマリーは、玄関の扉を開いた。
そのタイミングでりんりんと来客を報せるベルが鳴る。
「誰か来たみたいよ」
「お嬢様は中へ」
「たまにはわたしも来客対応してみたいわ」
「お嬢様⁉」
ナディアが門の方へ駆け出し、従者であるマリーが後を追うことになった。
アプローチを駆けて門の前に到着すると、身なりの整った男性がアタッシュケースを持って立っているのが分かった。
見た目は文句なしの黒髪の美形で、品性がある。
その上、どこか謎めいた――魅惑の雰囲気があったため、ナディアは彼の姿を呆然と見つめていた。
しかも、どこかで会ったことがあるような既視感に見舞われていた。
――ハッキリと思い出せない。だけど……。
「突然の訪問、申し訳ありません。私、こういう者でして」
彼は帽子を取って、挨拶すると門の隙間から名刺を差し出してきた。
「ラウル・ロックフォール・ウェイ……コレナンゾ商会? 存じ上げないのだけど、どちら様?」
見覚えのない社名に、ナディアが眉をひそめた。
「ああ……分かりづらくて申し訳ありません。宝石商なんです。国外で上場の企業なのですが……こちらへはまだ、参入したばかりで……実は先日いい品が入りましてね。国内で一、二を争う大富豪のお嬢様がこの街にいらっしゃるという噂を耳にしましたので……ぜひ、こちらをお薦めさせていただきたい、と」
「ふぅん……」
普段なら、話を聞かずに追い返すところだが、なんだかこの男の持つ独特な様子が気になった。
「いいわ。聞いてあげる。中へどうぞ」
「左様でございますか?」
「お嬢様! お待ちください」
マリーは門の鍵を開錠し、来訪者を中へ招き入れようとするナディアを諫めた。
「なによ。ここの主人はわたしでしょ? わたしが彼に話を聞きたいと言っているのよ。……お通しするわ」
――お嬢様、何を考えてらっしゃるのですか? 得体の知れない輩を屋敷に入れるなんて、とんでもないことですわ!
マリーの耳打ちに耳を貸す様子はなく、門を開けたナディアはラウルと名乗る宝石商を敷地内へ入れる。
――いったい、どういうつもりで……。
ナディアがよしとしている以上、反対することは難しかったため、マリーはラウルという男を警戒しつつ、先導する彼女のあとに続いた。