――いつ見ても、絶景だ。
巨大な時計台の裏側で街を見下ろしながら、戦利品を小脇に抱えた黒装束の男はひと息ついていた。
ここはピカン・シティと呼ばれる――ナッツイート王国に所属しながらも、大陸半島に位置する、独立した都市だった。
あと、数十分で夜が明ける。
彼にとって深い眠りから目覚めようとするこの微かな時間が、最も尊く思えた。
ひと息つく、というのには不安定な場所ではあるが、仕事を終えた打ち上げ代わりに街の風景を眺めることは彼にとっての至福だ。
街を見下ろす時計塔のてっぺんにワイヤーアンカーをひっかけ、命綱なしでゆらゆらと揺れながら、物思いに耽っていると、こちらへ向かって白い何かが向かって飛んで来るのが分かった。
「こんなところまで……」
彼はあからさまに顔をしかめ、ゆっくりとワイヤーを伸ばしていく。
白い何か――白鳩が肩に停まったところで、時計塔に引っ掛けてあったワイヤーフックを外し、数メートル下の大地へと降り立った。
鳩の足に巻き付いていた紙を広げ、初見で読み解くのが難解な暗号文を読み解いた彼は、それを胸ポケットにしまって「人使いが荒いな……」とひとりごち、鳩を空へと放った。
直後――
「グッモーニン! や~、ご苦労だねえ、エッジくん」
やけに通る声と共に、ほとんど人通りのない路地から、見知った20代半ばほどのスーツの男が現れ、エッジに向かって手を上げた。
右手には大きめのトランクを抱え、肩には先ほど放った筈の鳩が乗っている。
「ジオット……おまえがここ来るんだったら、指令書なんて送ってこなくてもよかっただろう。そいつにわざわざ暗号文を仕込む必要もなかった」
「う~ん、なんつ~のかな、ちょっと最近調子悪くってさ。無事、届くかどうか、見届ける必要があったわけ。まあ、問題なく任務遂行できて安心したけどな~。『伝書鳩クン』はやっぱ優秀だよなあ、オレの傑作中の傑作。可愛い発明品だよ」
肩に停まった鳩型ロボットの頭を指で撫で、ジオットはうんうん頷いている。
「あれだけ失敗作を生産していれば、ごく稀に役に立つものくらい出てくる。そいつが傑作なんじゃない。他が駄作なだけだ」
「う~わ~キッツ~~! なに、その言い方~? おまえだって結構~オレの発明品の恩恵にはあずかってるくせにさぁ。そいつもオレの発明だろうが」
ジオットはエッジの腕に装着してある、ワイヤーアンカーを指さした。
「試作品含めて、五代目くらいか? まともに使えるものが出来るまで、無駄が多いのはどうかと思うが」
腕のそれを眺めながら、エッジは嘆息した。
「失敗は成功のもとって言うだろう? 不屈の精神を認めて褒め称えるとこだぞ!」
「時間と経費の無駄遣いだ。効率よく使えるものを造れ。そんなことより、アレはいったいどういうことだ?」
「アレ?」
「これが片付いたばかりだぞ。それが間髪入れず、次の仕事か?」
丁寧に布で包まれた長方形の代物を指し、エッジが眉間に皺を寄せた。
「そう言うなって~。人手不足なのは分かってんだろ? でも、おまえに現場仕事が集中すんのも、優秀だってボスに見込まれてる証しってことだからさ~」
「~~~~そう言えば俺が納得すると言付かっているのか?」
憮然としたエッジに対し、ジオットは苦笑した。
「ヒネくれてんな~。誉め言葉は素直に受け取っておけって。で、戦利品と交換でこれを渡してこいってさ」
ジオットが持参した革製のトランクを渡し、それと引き換えにエッジから荷物を受け取った。
「……準備のいいことだな」
次の仕事に使う衣装などの小道具が入っていると悟り、エッジがため息を吐いた。
「一応、そこのモーテルも借りてある。仮眠取って、身なり整えてから行けってさ。――302号室。ジャン・ワンって名前で取ってある」
親指で安宿を指したジオットは「今回のターゲットはすこぶるつきのお嬢様だ。粗相のないようにな」と言い残し、姿を消した。
「粗相と言われてもな……こんな余裕のないスケジュールなんて組まれたら、ロクに予備知識を得ることもできないだろう……?」
死角に入って簡単に変装して顔を変え、宿にチェックインをしたエッジは、簡素な部屋に通されるなり、ベッドに横たわった。
――まあ、どうせ世間知らずの箱入り娘相手だ。どうにかなるだろう……。
徹夜明けの彼は一瞬で、眠りに誘われた。