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第14話 安い宿

「タチバナ様、宿泊のご予定はありますか?」

 個室から出るなりサービスセンターのスーツ姿の店員が俺のもとへ。

 作業着じゃないからなんか変な感じがする。

「2日ほど泊まる、予定、です」

「そうですか! でしたら、こちらのホテルはいかがでしょうか」

 店員が持ってきたタブレット端末、画面にはこの町一を謳うホテルの外観が映っている。

 3階建てのホテル、露天風呂、ディナー付き、宿泊料1泊……。

 俺はすぐにタブレット端末から目を逸らした。

「あーども。自分で探すから、大丈夫です。また、来ます」

 もう来たくないけど仕方ない。明後日だ。

 自動ドアのところまで見送られ、変な緊張感が纏わりつく体で駐輪スペースに向かう。

 小型の電動オートバイ、単眼ライトと丸いメーターが良い感じ。

 スマホをホルダーに取り付ける。

『彼女はなんて言ってましたか?』

 早速人目も気にしない声が聞こえ、俺は肩をすくめる。

「今は……安いホテルを探す」

 町の道路はしっかり舗装され、亀裂なんてない。それに、ちゃんと車が走っている。

 大きい町の割に人通りは少なく、歩道を見渡しても1人か2人程度。

 ジェットヘルメットをかぶり、グローブをはめて跨る。薄型液晶に表示される電気残量は全く減っていないし、警告もなし。

 ドクターFの素晴らしき改造のおかげだ。

 今日の予定は、安いホテルを探して、それからテントを買う。これでいこう。

 始動スイッチを押せばモーターから電子音が静かに鳴り、右ハンドルを捻ればすぐに加速。

 信号機がちゃんと機能している……ニュータウンでも富裕層の地区以外はお飾り程度だったのに。指示器を出す日が来るとは思いもしなかったな。

 赤と黄信号は止まれ、青は進め、そんな交通ルールの本をジャンクの山から拾ったことがあった。

 読んでおいて良かったなぁ。

『ノアさん、安いホテルはSゲートの区間にあるみたいです』

 走っている間は誰も聞こえてないか。

「じゃあそこに行く」

『では、彼女はなんと言っていましたか?』

 どれだけ聞きたいんだか。

「2日待ってくれってさ」

『良かった、約束してくれたんですね。2日ですか、観光できて疲れも癒せるので一石二鳥ですね』

「どうも」

 ポジティブだな……。

 Sゲート区間はどこか寂れた木造の建物が集まっている。信号は減り、さっきと違って人通りが多くなってきた。

 2階建てのホテル、というより見た目は宿で、入口には『みんしゅく』という文字が彫られた木製看板がある。

「あれ、お客さん?」

 引き戸を開けて出てきた女性が、目を丸くさせた。

「は、はい。2日ほど泊まりたくて」

「どうぞどうぞ、お客さんなんて今月に入って初めてだよ。あ、バイクが盗まれるといけないからこっちに入れて」

 うわぁ……他の町より治安悪いのか、外側は厳重にしていたのに。

 女性は宿の隙間にある路地に入っていき、バイクを押してついていく。

 どうやら中庭に続いているらしく、女性はギリギリ収まるスペースに案内してくれた。

 プランターが置かれていて、色々と植えてある。赤い小さな実がいくつもできている物、長細い緑の物、紫の少し湾曲した物。残念ながら植物の知識なんて皆無に等しい。

 そのプランターの横には骨組みだけの、自転車と言えばそうだし、バイクと呼ばれたら信じてしまうような骨董品が置いてあった。

「これは?」

「あぁ、それ私のおじいちゃんのバイクだよ。若いころはそれに乗ってあちこちキャンプとかしてたんだって。とっくの前に亡くなったけどね」

「へぇー」

 一体どんなバイクだったんだろう……。


 チェックインを済まし、部屋は2階の角部屋。動画でよく見た和室だ。なんだか心が休まるようなニオイがする。

「ご飯はどうする? 一応ここらへん屋台があるから外で食べられるし、別料金で料理用意するけど」

「えー……外で食べます」

「了解。それじゃごゆっくり」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください」

「なに?」

「テントとかそういうのを扱ってるお店って町にありますか?」

 これは訊いておかないと……自力で探すなんてなかなか大変だ。

 女性はクスクスと笑ってきた。

 自分でも分かってる、荒廃した外をキャンプするやつなんて、おかしいに決まってる。

「ごめんごめん。町の外でキャンプする人なんて、このご時世ないから」

「……ですよね」

 女性はどこか申し訳なさそうに部屋から出て行った。

 この町でなかったら、次の町でも売ってるかどうかも怪しい。

『せっかくですし、町の中歩きませんか? 私、ゆっくり見てみたいです』

「あーまぁ別にいいけど、あんまり喋るなよ」

『大丈夫です! あ、でも写真は撮らせてください』

「却下。ほら、外に出るから黙ってろ」

 スマホをポケットに入れ、外へと繰り出した。

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