「タチバナ様、宿泊のご予定はありますか?」
個室から出るなりサービスセンターのスーツ姿の店員が俺のもとへ。
作業着じゃないからなんか変な感じがする。
「2日ほど泊まる、予定、です」
「そうですか! でしたら、こちらのホテルはいかがでしょうか」
店員が持ってきたタブレット端末、画面にはこの町一を謳うホテルの外観が映っている。
3階建てのホテル、露天風呂、ディナー付き、宿泊料1泊……。
俺はすぐにタブレット端末から目を逸らした。
「あーども。自分で探すから、大丈夫です。また、来ます」
もう来たくないけど仕方ない。明後日だ。
自動ドアのところまで見送られ、変な緊張感が纏わりつく体で駐輪スペースに向かう。
小型の電動オートバイ、単眼ライトと丸いメーターが良い感じ。
スマホをホルダーに取り付ける。
『彼女はなんて言ってましたか?』
早速人目も気にしない声が聞こえ、俺は肩をすくめる。
「今は……安いホテルを探す」
町の道路はしっかり舗装され、亀裂なんてない。それに、ちゃんと車が走っている。
大きい町の割に人通りは少なく、歩道を見渡しても1人か2人程度。
ジェットヘルメットをかぶり、グローブをはめて跨る。薄型液晶に表示される電気残量は全く減っていないし、警告もなし。
ドクターFの素晴らしき改造のおかげだ。
今日の予定は、安いホテルを探して、それからテントを買う。これでいこう。
始動スイッチを押せばモーターから電子音が静かに鳴り、右ハンドルを捻ればすぐに加速。
信号機がちゃんと機能している……ニュータウンでも富裕層の地区以外はお飾り程度だったのに。指示器を出す日が来るとは思いもしなかったな。
赤と黄信号は止まれ、青は進め、そんな交通ルールの本をジャンクの山から拾ったことがあった。
読んでおいて良かったなぁ。
『ノアさん、安いホテルはSゲートの区間にあるみたいです』
走っている間は誰も聞こえてないか。
「じゃあそこに行く」
『では、彼女はなんと言っていましたか?』
どれだけ聞きたいんだか。
「2日待ってくれってさ」
『良かった、約束してくれたんですね。2日ですか、観光できて疲れも癒せるので一石二鳥ですね』
「どうも」
ポジティブだな……。
Sゲート区間はどこか寂れた木造の建物が集まっている。信号は減り、さっきと違って人通りが多くなってきた。
2階建てのホテル、というより見た目は宿で、入口には『みんしゅく』という文字が彫られた木製看板がある。
「あれ、お客さん?」
引き戸を開けて出てきた女性が、目を丸くさせた。
「は、はい。2日ほど泊まりたくて」
「どうぞどうぞ、お客さんなんて今月に入って初めてだよ。あ、バイクが盗まれるといけないからこっちに入れて」
うわぁ……他の町より治安悪いのか、外側は厳重にしていたのに。
女性は宿の隙間にある路地に入っていき、バイクを押してついていく。
どうやら中庭に続いているらしく、女性はギリギリ収まるスペースに案内してくれた。
プランターが置かれていて、色々と植えてある。赤い小さな実がいくつもできている物、長細い緑の物、紫の少し湾曲した物。残念ながら植物の知識なんて皆無に等しい。
そのプランターの横には骨組みだけの、自転車と言えばそうだし、バイクと呼ばれたら信じてしまうような骨董品が置いてあった。
「これは?」
「あぁ、それ私のおじいちゃんのバイクだよ。若いころはそれに乗ってあちこちキャンプとかしてたんだって。とっくの前に亡くなったけどね」
「へぇー」
一体どんなバイクだったんだろう……。
チェックインを済まし、部屋は2階の角部屋。動画でよく見た和室だ。なんだか心が休まるようなニオイがする。
「ご飯はどうする? 一応ここらへん屋台があるから外で食べられるし、別料金で料理用意するけど」
「えー……外で食べます」
「了解。それじゃごゆっくり」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
「なに?」
「テントとかそういうのを扱ってるお店って町にありますか?」
これは訊いておかないと……自力で探すなんてなかなか大変だ。
女性はクスクスと笑ってきた。
自分でも分かってる、荒廃した外をキャンプするやつなんて、おかしいに決まってる。
「ごめんごめん。町の外でキャンプする人なんて、このご時世ないから」
「……ですよね」
女性はどこか申し訳なさそうに部屋から出て行った。
この町でなかったら、次の町でも売ってるかどうかも怪しい。
『せっかくですし、町の中歩きませんか? 私、ゆっくり見てみたいです』
「あーまぁ別にいいけど、あんまり喋るなよ」
『大丈夫です! あ、でも写真は撮らせてください』
「却下。ほら、外に出るから黙ってろ」
スマホをポケットに入れ、外へと繰り出した。