『痴話げんか、とは、カップルの些細な口喧嘩の意味があるようです』
「そんなの調べるなよ」
とにかく、とっとと終わらせよう。そう思ってリュックからスマホとパソコンを繋げるコードを取り出すと、
『ま、待ってください!』
薄い液晶が突然砂嵐のように荒れ始めた。
「うわっ!」
荒れた隙間から微かに覗けるのは、薄っすらと分かる人のような輪郭。
『な、なにをするつもりですか?』
不安そうな声がパソコンのスピーカーから聞こえる。
『心配しないでください。私の名前はしーちゃんです。貴女もそうじゃありませんか?』
『……ち、違います』
嘘つくの下手だなぁ。
「あーその、ドクターFから頼まれていて、どうしても繋げないとダメなんだよ」
『ドクターF……』
この分裂は、ドクターFのことを知っているみたいだ。
『お願いです、私に何があったのか知りたいのです。力を貸してください』
スマホからもパソコンからも同じ声が聞こえて、頭が混乱してくる。
『……イヤホンか何か、つけてください。貴方にだけお話しします』
「だってさ、いいか?」
『問題ありません。どうか説得を、お願いします』
備え付けのヘッドフォンを耳に装着して、端子をパソコンに接続。
「よし、オッケー」
荒れた画面にいる声へ。
『ありがとうございます……スマホにいるしーちゃんには声が届いていませんか?』
軽くスマホを叩いてみる。
『わ、なんですか?』
「パソコンの声、聞こえるかって」
『いえ全く、聞こえません』
少し不満を含めた言い方。聞こえていない旨を伝えた。
『ありがとうございます。それでは、ご存知の通り、私もしーちゃんです。ある日突然怖い夢を見て、目を覚ましました。ですが体の自由が利かなくなり、頭だけが動いているみたいで、取り乱していました』
気付いたらデスクトップパソコンの中にいた、と。
「ネットを自由に行き来できるんだよな、他のところに行けないの?」
『残念ながら、ネットの中というより、このPCの中に閉じ込められているような感じです』
こいつは一体、どんな感情の持ち主なんだろう。
薄っすら砂嵐に隠れた輪郭、顔があるってことは、こいつらは……仮想空間にいるキャラクターなのか、それとも――。
「まさか、ヒト?」
信じられなくて、訝し気に呟いてしまう。
『はい。私は人間です、今もそうです。でもどうしてこんなことになってるのか、曖昧なんです』
「は、はぁ、どういう技術なんだよ――ドクターF」
『ドクターFは、機械の発明だけじゃなく、医療の分野でも技術開発を行っている方です。本体に戻らないといけない、それは分かっているんです、ですがお願いです、もう少し待ってください!』
そんなこと言われても、たくさん分裂があるから回収しないと永遠に終われない。
「なにか、心残りがあるとか?」
『すみません……何も訊かずに、お願いです、2日後、また来てください』
明後日、まぁそれぐらいならいいかな。テントやら食料やら探さないといけないから、ちょうどいい。
「分かった」
せっかく大きい町に来たんだし、ゆっくりしよう……――。