目的の町に向かう途中。モーター音が響くなか、ハンドルブレースに取り付けたスマホは静かにルートを示している。
「なぁ」
『……』
「あれ?」
『……』
反応しない。
「おーい、おーい、おーい!」
『私はしーちゃんです』
黙ってただけか。
スマホから聞こえてきた、気持ち低くなった少女の声。
「えぇ……他に呼び方ないの?」
『私はしーちゃんという名前以外ありません。一緒に目的を果たすのですから名前で呼び合うのは、とても大切なことです』
「なんか抵抗あるんだよな、シリでもいい?」
『なんですかその名前。私はお尻じゃないです。しーちゃんって呼んでください』
そういう意味じゃないけど。しーちゃん、ねぇ……小さい子供同士で呼び合う感じがして嫌だな。
「考えとく。で、ネットに繋いだ他の仲間は、何体いるんだ?」
『残念ながら、数は把握できません。しーちゃんは他にもいる、回収するたび、私はそう呼びかけられます』
「誰に?」
『それは……分かりません』
はっきりしないまま、目的の町が見えてきた。
ニュータウンからかなり離れた場所まで来たけど、相変わらずボロボロで緑のない荒廃した景色ばかり、やっぱりこの国に安住の地なんかないのかも……。
道路に塗りなおした白線と標示、矢印がゲートに続く。
規模が大きく、分厚い壁で町を囲んであって、入り口には監視カメラと警備員のセキュリティがついてる。
ゲートの前に電動バイクで近づいていくと、監視カメラが一斉にオレを捉えた。
赤く光る棒を振る警備員に、止められる。
「どうも」
「こんにちは……」
にっこり笑顔だ。
「どちらから来られたんですか?」
「ニュータウンです」
「えっ、それはまた長旅でしたね。お疲れのところ申し訳ございませんが、危険物がないか確認だけさせてください」
仕方ない、オレは一度バイクから降りた。
リアボックス、リュック、さらにバイクの裏側まで覗いている。
「結構、厳重なんですね」
タブレット端末と荷物を交互に見ながら、
「いやぁ上から言われてまして、最近運び屋が多いんですよ。武器と違法薬物はもちろん、ジャンク品まで運んできましてね」
「ジャンク品もダメなんですか?」
クスリはともかく、ジャンク品で禁止な物あったかな。
「はい。義務化された企業処理に当てはまる機械は当然持ち込み禁止されています。自動販売機、監視ドローン、工場ロボットが該当します。企業が違法投棄したとなれば企業側にも重いペナルティが課せられます」
うーん、ニュータウンのC地区でも落ちてたかも、多分気付かずに売ってた。
「大変、ですね」
「いえいえ恐縮です」
スマホの外側だけジロジロと覗いている。そこに隠せるものなんて多分ない。
『こんにちは』
「えっ!?」
「ば、ばかっ」
そりゃ驚くよ、オレも焦ってしまう。
『私はしーちゃんです。よろしくお願いします』
「え、は、はぁ。あの、これはなんです?」
警備員は怪しいとばかりに睨んだ。
「えとえと、あードクターFからちょっと、実験で預かってるAIです」
隠すことじゃないけど、説明が面倒なんだよな。
ドクターFと聞いた途端、警備員は目を大きく見開き、口もやや半開き。
「えっドクターFの関係者なんですか? たいへん失礼しました!」
耳に装着している通信機器に指先を添えた。
「こちらハイシティEゲート。ドクターFの関係者が来ております。えーとお名前をお伺いしてもいいでしょうか?」
「ノア・タチバナ、です」
念のため、SCプレミアム会員のカードを見せる。
「ノア・タチバナ様。証拠にSCプレミアムカードを所持……了解」
通信が終わると、監視カメラは真下を向く。ゲートが重々しい音でゆっくり開く。
「どうぞノア様、お入りください。入ってすぐを右折しますとハイシティ支店SCがありますので、まずそちらへ向かってください」
中へと誘導してくれた。
再びバイクに跨り、モーターを始動。
『まるで要塞のようですね』
「ニュータウンより厳重かもな、まぁなんか歓迎してくれてるみたいだし良かったけど、軽々しく他の人に話しかけるなよ」
『誰かと交流は大切ですよ。色んな方とお話しするのは楽しいですし』
あの自販機を思い出す。足の不自由な人間だと思い込んでいた彼女の積極的な感情が影響しているのかもしれない。
「時と場合によるんだよ、とりあえずオレ以外と話すな」
『んー曖昧だと、難しいですね』
もう少し慎重になってくれ。
はぁ、慎重な性格の片割れを回収したい……――。