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第9話 ドクターF

 小ぶりな電動バイクを静かに鳴らして、でこぼこ道を走る。

 目の前を浮遊する球体型のドローンは、つい数分前カーブミラーに潰されていた。

 カバー部分が傷ついてしまい、千切れた電線がニョキッと顔を出す。そのうちショートするんじゃないかって、不安になる。

 オレの不安をよそに、軽快に進んでいく。

 このドローンを通して会話をしている相手が、ドクターFという人物に繋がっているかもしれない。なんとかこのスマホから切り離してくれるんじゃないかと、期待してる。

 ドローンはしばらくして山なりの道に入り、工場の跡地のような広い場所へ。

 四角い2階建ての建物があり、門には『ドクターFのラボ』という看板が堂々と立っていた。

 やっぱり、口角が上向きになる。

 ラボの辺りにはサービスセンターと、少し離れた場所に住宅が数軒建ってる。一応、町ってことなのか……。

『マップには表記されていません。新しくできた町かもしれませんね』

「へぇ……」

 またネットで調べたのか、助かるような、困るような。

 ラボの前に、白衣を着たおじさんがいた。

 ハリネズミのような髪型で身長は168㎝のオレより低い。丸メガネをかけ、手にはドローンの操縦桿。

 この人がドクターF?

「よしよし、無事に到着したな。お帰りお帰り。あとでちゃんと直してやるからな」

 渇いた声。ドローンのマイクから聞こえた声と似ている。

「ありがとうよ少年。私の名前はドクターF。みんなからそう呼ばれておる。君の名前は?」

「ノア・タチバナです」

「なーるノア君、随分と迷惑をかけてしまったようだね。まぁこれからも迷惑をかけるだろうから、それも込みで話をしようじゃないか、ほらほらラボの中へおいでおいで」

 不穏なことを言われてる気が……。

 バイクのエンジンを切り、気持ちが期待から不安に傾きつつラボの中に入った。

 白い壁、白いタイルが続く通路。透明なケースにスマホが何台も飾られ、さらには電動バイクや電動自動車のミニチュアまで。

 モニタールームという部屋に案内された。

 ワンルームに、モニターが10台も集まってる。

「テキトーに寛いでくれい、コーヒーはどうかね」

「えと、大丈夫です。お気遣いなく……」

『ノアさんはコーヒーが苦手なのですか?』

「うるさい、飲んだことないんだよ」

 ドクターFは明るく笑う。

「だったら是非飲んでくれ、何事も経験は大切さ。さぁさぁインスタントコーヒーと湯を入れたまえ」

 手の平に収まる小さな小袋を渡される。

 封を開けると、茶色い荒めの粉末が入っていて、甘く香ばしい匂いがした。これが、コーヒー……。

 粉末を入れたカップに、電気ポットの湯を注ぐと、一気に香りが強く、焦げた匂いが充満する。

「グッドグッド、さぁ混ぜて」

 言われた通り、指先は恐々と、ゆっくりカップの中でスプーンを動かす。

「これで、いいんですか?」

「うむ、さぁ冷めないうちに飲んでみ」

 カップの縁に口をつけ、湯気を鼻と目に浴びながら、一口。

「…………」

 うぅーん、すげぇ苦い。

 ドクターFはニコニコ笑ってる。

「なかなか苦いだろ、人工かつ深煎りでね。本来のコーヒーは苦みが少なく、もっと香りが豊かなのさ。だが、変わらずリラックス効果がある、いい経験になったかね」

「は、はぃ」

『良かったですね、ノアさん。私も飲んでみたいです』

「お前は無理だろ……」

 ドクターFはモニターを眺めながら、

「さてさて本題、ノア君よ、しーちゃんをどこで、どのようにして見つけたんだね?」

 当然のようにスマホに中にいる『しーちゃん』って存在を認識してる。

「昨日、ニュータウン前支店のサービスセンターで、スマホを貰いました。色々設定をしたあとに、いきなり出てきました」

「ふむふむ、ちなみにそのスマホをなにかに繋げたかな?」

「設定が必要だったんで、パソコンに繋げました」

「なーる。それから、他に変わったことは?」

「依頼、されました。たくさんのしーちゃんを探してくれって、全部見つけたら、報酬として安住の地を提供してくれると言ってました。それから、自販機にいた奴と、暴走したロボットにいた奴を回収してます」

 頷きながらパソコンに何かを入力していくドクターF。

「しーちゃん、私のことは覚えているかい?」

『残念ながら、はっきり覚えていません。ですが目覚めた時、ドクターFのことを何故か知っていました』

「うむ……ノア君」

「はい」

 入力を終えたドクターFがこっちを向いた。

「現時点で全てを話せないが、しーちゃんの依頼を受けておくれ。全てを回収した時、しーちゃんが言った通り、安住の地へ行く船旅を進呈するよ」

 安住の地は、この国にはないってことだよな。いやいや、そうじゃない、肝心なことを聞かないと。

「スマホから取り出すことってできないんですか?」

「うーむ、ノア君のスマホから移動させることはできても、そうなったらまたしーちゃんがバラバラになる。なに、報酬以外にもちゃんと支援もしようじゃないか、そうだの、旅の支援金や電動バイクの新しい電池の提供とかね」

 正直金がないと大変だ。バイクの充電や食費、新しいテントをどこかで買わなきゃいけない。

『ドクター、しーちゃんは、どうしてたくさんいるんですか?』

「んー海より深ーい訳があるのだが、すまんが今は話せん。だが簡単に言うとネット内で深刻なエラーが起き、しーちゃんの感情部分や記憶が分裂してしまったのだ。ちょいと見せてもらえるか?」

 ドクターFはスマホをパソコンに繋げる。

「しーちゃん、今どういう気持ちかね?」

『気持ち……凄く明るい時もあれば、どうにもならない不快さが渦巻いています。未来に向かえばきっといいことがある、ですが、現状は過酷、不満だらけで怒りに溢れています』

「ふんふん、以前の記憶はまだないし、感情もまだ不十分。ノア君、どうかね、やってくれないかい?」

「う、ま、まぁ、依頼されてましたし、ちゃんと報酬を貰えるなら、やりますよ。でもあのロボットみたいに殺されそうになるのは、ちょっと」

「なるほど、ならショックガンを贈呈しよう。ショックガンは生身の人間には使えん、だが相手がロボットなら、すぐに機能停止できる、自慢の開発品さ」

 今度はピストル型の『ショックガン』を渡された。

 引き金があって、銃口は真四角、カートリッジが入ってる。

 黄色いカラーで、使用上の注意シールが貼ってある。

「ど、どうも」

「さぁそうと決まれば善は急げ。頼んだぞ若者、しーちゃん!」

『はい!』

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