小ぶりな電動バイクを静かに鳴らして、でこぼこ道を走る。
目の前を浮遊する球体型のドローンは、つい数分前カーブミラーに潰されていた。
カバー部分が傷ついてしまい、千切れた電線がニョキッと顔を出す。そのうちショートするんじゃないかって、不安になる。
オレの不安をよそに、軽快に進んでいく。
このドローンを通して会話をしている相手が、ドクターFという人物に繋がっているかもしれない。なんとかこのスマホから切り離してくれるんじゃないかと、期待してる。
ドローンはしばらくして山なりの道に入り、工場の跡地のような広い場所へ。
四角い2階建ての建物があり、門には『ドクターFのラボ』という看板が堂々と立っていた。
やっぱり、口角が上向きになる。
ラボの辺りにはサービスセンターと、少し離れた場所に住宅が数軒建ってる。一応、町ってことなのか……。
『マップには表記されていません。新しくできた町かもしれませんね』
「へぇ……」
またネットで調べたのか、助かるような、困るような。
ラボの前に、白衣を着たおじさんがいた。
ハリネズミのような髪型で身長は168㎝のオレより低い。丸メガネをかけ、手にはドローンの操縦桿。
この人がドクターF?
「よしよし、無事に到着したな。お帰りお帰り。あとでちゃんと直してやるからな」
渇いた声。ドローンのマイクから聞こえた声と似ている。
「ありがとうよ少年。私の名前はドクターF。みんなからそう呼ばれておる。君の名前は?」
「ノア・タチバナです」
「なーるノア君、随分と迷惑をかけてしまったようだね。まぁこれからも迷惑をかけるだろうから、それも込みで話をしようじゃないか、ほらほらラボの中へおいでおいで」
不穏なことを言われてる気が……。
バイクのエンジンを切り、気持ちが期待から不安に傾きつつラボの中に入った。
白い壁、白いタイルが続く通路。透明なケースにスマホが何台も飾られ、さらには電動バイクや電動自動車のミニチュアまで。
モニタールームという部屋に案内された。
ワンルームに、モニターが10台も集まってる。
「テキトーに寛いでくれい、コーヒーはどうかね」
「えと、大丈夫です。お気遣いなく……」
『ノアさんはコーヒーが苦手なのですか?』
「うるさい、飲んだことないんだよ」
ドクターFは明るく笑う。
「だったら是非飲んでくれ、何事も経験は大切さ。さぁさぁインスタントコーヒーと湯を入れたまえ」
手の平に収まる小さな小袋を渡される。
封を開けると、茶色い荒めの粉末が入っていて、甘く香ばしい匂いがした。これが、コーヒー……。
粉末を入れたカップに、電気ポットの湯を注ぐと、一気に香りが強く、焦げた匂いが充満する。
「グッドグッド、さぁ混ぜて」
言われた通り、指先は恐々と、ゆっくりカップの中でスプーンを動かす。
「これで、いいんですか?」
「うむ、さぁ冷めないうちに飲んでみ」
カップの縁に口をつけ、湯気を鼻と目に浴びながら、一口。
「…………」
うぅーん、すげぇ苦い。
ドクターFはニコニコ笑ってる。
「なかなか苦いだろ、人工かつ深煎りでね。本来のコーヒーは苦みが少なく、もっと香りが豊かなのさ。だが、変わらずリラックス効果がある、いい経験になったかね」
「は、はぃ」
『良かったですね、ノアさん。私も飲んでみたいです』
「お前は無理だろ……」
ドクターFはモニターを眺めながら、
「さてさて本題、ノア君よ、しーちゃんをどこで、どのようにして見つけたんだね?」
当然のようにスマホに中にいる『しーちゃん』って存在を認識してる。
「昨日、ニュータウン前支店のサービスセンターで、スマホを貰いました。色々設定をしたあとに、いきなり出てきました」
「ふむふむ、ちなみにそのスマホをなにかに繋げたかな?」
「設定が必要だったんで、パソコンに繋げました」
「なーる。それから、他に変わったことは?」
「依頼、されました。たくさんのしーちゃんを探してくれって、全部見つけたら、報酬として安住の地を提供してくれると言ってました。それから、自販機にいた奴と、暴走したロボットにいた奴を回収してます」
頷きながらパソコンに何かを入力していくドクターF。
「しーちゃん、私のことは覚えているかい?」
『残念ながら、はっきり覚えていません。ですが目覚めた時、ドクターFのことを何故か知っていました』
「うむ……ノア君」
「はい」
入力を終えたドクターFがこっちを向いた。
「現時点で全てを話せないが、しーちゃんの依頼を受けておくれ。全てを回収した時、しーちゃんが言った通り、安住の地へ行く船旅を進呈するよ」
安住の地は、この国にはないってことだよな。いやいや、そうじゃない、肝心なことを聞かないと。
「スマホから取り出すことってできないんですか?」
「うーむ、ノア君のスマホから移動させることはできても、そうなったらまたしーちゃんがバラバラになる。なに、報酬以外にもちゃんと支援もしようじゃないか、そうだの、旅の支援金や電動バイクの新しい電池の提供とかね」
正直金がないと大変だ。バイクの充電や食費、新しいテントをどこかで買わなきゃいけない。
『ドクター、しーちゃんは、どうしてたくさんいるんですか?』
「んー海より深ーい訳があるのだが、すまんが今は話せん。だが簡単に言うとネット内で深刻なエラーが起き、しーちゃんの感情部分や記憶が分裂してしまったのだ。ちょいと見せてもらえるか?」
ドクターFはスマホをパソコンに繋げる。
「しーちゃん、今どういう気持ちかね?」
『気持ち……凄く明るい時もあれば、どうにもならない不快さが渦巻いています。未来に向かえばきっといいことがある、ですが、現状は過酷、不満だらけで怒りに溢れています』
「ふんふん、以前の記憶はまだないし、感情もまだ不十分。ノア君、どうかね、やってくれないかい?」
「う、ま、まぁ、依頼されてましたし、ちゃんと報酬を貰えるなら、やりますよ。でもあのロボットみたいに殺されそうになるのは、ちょっと」
「なるほど、ならショックガンを贈呈しよう。ショックガンは生身の人間には使えん、だが相手がロボットなら、すぐに機能停止できる、自慢の開発品さ」
今度はピストル型の『ショックガン』を渡された。
引き金があって、銃口は真四角、カートリッジが入ってる。
黄色いカラーで、使用上の注意シールが貼ってある。
「ど、どうも」
「さぁそうと決まれば善は急げ。頼んだぞ若者、しーちゃん!」
『はい!』