「少年、怪我は?」
「な、なんともないです、ホント、死ぬかと思いました……」
骨組みのロボットからバチバチと弾ける電流。修理をしない限り元に戻らない。ヘッドライトごと頭部は粉砕されている。
「無事でなにより」
パトロール隊が5人。キャップ帽子をかぶり、腰には棒を携帯。背中にはテーザーライフルを提げている。
「このロボットはどうなるんですか」
機械音声が呟いていた異様に残る怒りに満ちた言葉が頭の中で繰り返される。
「工場主が部品回収を望むなら解体して使える部分を渡す。何もいらないなら、このまま近くの廃棄所行きだ」
呆気ないな。暴走してもあっという間に鎮火される。
軽く頷いて、もう少し近くでロボットの残骸を覗き込む。
「少年、まだ電気が漏れているから近づくと危険だぞ」
「あ、はい、ちょっと見たら離れます」
返事をして、近づける距離から改めて覗く。
テーザーライフルの威力には驚かされる。発砲音は静かだけど、直撃すればひとたまりもない。
『ノアさん、どこかに接続できる端子はありませんか?』
一体、こいつらはどれだけ散らばってるんだろう、回収だけならまだしも命がけは、勘弁してほしい。
「どこにもなさそうだけど」
ロボットの骨組み部分にソケットなどついていない。さらに頭部は吹き飛んで跡形もない。
『なんとか取り出せるはずです』
そんな無茶を言われてもな。
「あのー、ロボットにコード、繋げられないですかね?」
どうせ嫌がってもしつこく言ってくるだろう。
「ん? 欲しい部品でもあるのか?」
「できたら中身のシステムとか……調べたくて」
首を傾げるドウザンさん。オレも何と言っていいのか、説明ができない。
「暴走の原因究明の話は?」
仲間に訊ねる。
「何も調べないって、破壊したら捨ててくれとさ」
「なら、頭の後ろ側に充電の差し込み口がある。外部がぶっ壊れても内側は頑丈だから、探せばあるはず」
そう言ってゴーグルと、感電防止の特殊な手袋を身に着けた。
吹き飛んだ頭部の残骸を探り――砕けたというのに内部の電線は千切れることなく残っていた――取り出してくれた。電線に触れる度弾ける電気。
『その線です。ノアさん、コードを繋げてください』
「ん? 少年、今何か言ったか?」
「い、いえ、何も言ってないです」
平然を装い、コードをリュックから取り出す。
ロボットの充電用ソケットに接続。
すると、またもスマホの画面は真っ暗になった。この瞬間、結構焦るんだよな。スマホが使い物にならなくなったらどうしようとか、いくら金がかかるんだろうとか、色々悩む。
「少年、随分と古いスマホだな。骨董品マニアか? バイクも中古っぽいし、他の部品も」
「う、そんな感じ、です」
金がなくて買い揃えることができず、捨てられたジャンク品の中から集めた。エアポンプも、テントも何もかも。買ったのはつい先日落とした超中古スマホぐらい。
貧乏人だなんて口にするものなんだし、骨董品マニアとしてこの場をやり過ごそう。
『……終了しました』
声を震わせながら戻ってきた。
真っ暗な画面が最大限の光を放つスマホ。毎回眩しいのは勘弁してくれ。
「よし、すみません、ありがとうございます」
「もういいのか? 後のことは俺らがしとくから、君は休むといい。まだ夜中だしな」
「……はい」
辺りはまだまだ真っ暗。時刻は深夜一時。だけど、こんなことあっては眠気なんて襲ってこない。
『自警団の皆さん、工場主に伝言をお願いします』
突然喋り出したスマホに、自警団の皆が一斉にオレを見た。ダメだ、とぼけることができない。
『我々をぞんざいに扱えば、それ相応の仕打ちが返ってくることを忘れるな、と。逃げ出したロボットからのメッセージです』
静かな怒気が含まれた、圧をかけるような言い方。
「しょ、少年、そ、そのスマホ、喋ってるのか?」
スマホを指して震わすドウザンさん達。
「ま、まぁその、AIみたいな感じです」
ざわざわ、と5人は何かを言い合う。
「人工知能が? しかも骨董品スマホから? はっ、とんでもないファンタジーだな。なるほど、AIがストライキってわけか。興味深い話だ、工場長に伝えておく」
なんでそんな軽く順応できるんだ。
『よろしくお願いします』
「じゃあ元気でな少年、それと」
『私はしーちゃんです』
「しーちゃんも」
なんかオレだけ取り残されてる気分。
一気に疲れが頭を重くさせ、眠気が襲ってくる。
大木の近くに戻った。テントを投げ捨てられてしまったから、とりあえず今回は外で寝るにしても、次の夜までにはテントを用意しないと……。
『ノアさん』
「……なんだよ」
素っ気なく返す。
『もっとちゃんと彼女と話せたかもしれません。今の私は、まだまだ欠けている状態で対話をするのに不十分でした』
未だに残る機械音声の言葉。あのまま破壊されてしまったことを悔やむなんて、どういった感情システムなんだ?
「死なずに済んで良かっただろ。あのままパトロール隊が来なかったらオレは死んでた。お前もガラクタになってた」
『そうなのでしょうか?』
「そう……ロボットと会話できなくて残念だろうけど、あんまり気にすんな」
なんか普通に会話してるうえ、励ますなんて、おかしいな。
『……ありがとうございますノアさん』
さらに柔らかさが増したような声。スマホを見なければ本当に人と話しているみたいだ。
オレはカバンを枕代わりにして、大木の枝の隙間から月を眺める。
「ロボットはなんて?」
『行き場のない苛立ちや不満が渦巻いています。これが、暴走した原因なのでしょう』
「苛立ちと不満、か」
『はい……』
分からないなら仕方ない、さっさと寝よう……――。
『おやすみなさい、ノアさん』