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第6話 怒り

 古い動画で見た焚き火をするような薪に使える枝なんてどこにも落ちていない。大木の枝は太くて、へし折るには電動ノコギリがいる。

 仕方なく、ぱちぱち、と弾けて燃える焚き火の動画を観ていた。

 空に向かって昇る火の粉と、地を照らす橙色。不思議な映像だな、ずっと眺めていられる。

『とても素敵な映像だと思います。落ち着くような、心が洗われるようです』

 こいつに心ってあるのか? 自販機から回収して、柔らかい口調になったけど、気味の悪さは変わらない。

 ドクターFって人に会えば、きっと解決してもらえるはずだ。

「……」

 視界の隅に見える廃墟の集落。そこは今もゆらりと動く照明で屋根や壁を照らしている。

 やだな、暴走ロボットが近くにいるなんて、こんなところで野宿なんかするんじゃなかった。

「ロボットが暴走なんて」

 ぼそり、そう零してみる。

『ソフィア連合国と協同開発をしたロボットです。導入され30年が経過しましたが、一度も暴走を起こしていませんでした。今回初の暴走事件で、どちらに責任問題があるのか、協議しています』

 またどこかの情報を引っ張り出してきたな。

「責任なんかより、さっさと解決してほしいよ……はぁ、お前はどう思う」

 期待せずに質問してみる。

『責任問題については、なんとも言えませんが、ロボットにしーちゃんが入っているなら、話すべきです。パトロール隊に見つかってしまえば、きっと破壊されてしまうでしょう』

 決められた言葉がインプットされているとして、平和かつメルヘンな思考ルーチンで、ロボットと対話しましょうって、こいつを作った開発者はファンタジーが大好きなのかも。

「えーと本気で言ってる?」

『あくまで希望ですよ。暴力で全ては解決できませんから』

 はぁ、混乱してくる。

 動画を途中で止めて、空気が充填されたテントの中で寝袋に入り込む。

 真っ暗なテント内。俺はスマホを頭の近くに置く。

『おやすみなさいノアさん、明日も良い日になりますよ』

「……最近のは、そういう機能もあるわけ?」

『いいえ、眠る時はおやすみなさい、起きたらおはようございます。挨拶は基本ですよ』

「はいはい、どうも……——」

 長くバイクに乗っていたせいか、眠りに入るのは簡単だった。


『どうして……ドウシテ……ワカッテくれない』


『ノアさん、ノアさん、起きてください。何か聞こえます…………例のロボットかもしれません』

「……んぁ?」

 重たい瞼、頭も重い。

『起きましたかノアさん。近くに例のロボットがいるかもしれませんよ。静かに』

 欠伸を手で塞いだ。

『息を潜めた方がいいでしょう』

 分かってる。

 何も武器なんか持ってない、パトロール隊に連絡を入れないと。

『待ってください、破壊されては回収できません』

「いやいや、殺されちまうだろっ電話する」

『いいえ、私が話します。ロボットにスマホを向けてください』

「むりむりむり無理だって」

『ノアさん、私を信じてください。同じしーちゃんなら、大丈夫です』

 信用できる要素がほんの僅かじゃん……。

『ぜんぶ、コワス』

 テントの近くから声が、聞こえる。

 金属が擦れ、跳ねる足音。不気味な電子音が鳴っている。

「うあぁあああ!!」

 ほぼ同時に、テントの座面が浮いた。

 咄嗟に四つん這いで外に飛び出す。

 柔らかい土に顔面を打ちながら、とにかくここから離れようと地面を蹴り上体を起こして走った。

 振り返ると、骨組の関節に装甲をつけたロボットが2本の指でテントを掴み、空高く持ち上げ、高台から投げ落としてる……。

『ノアさん、話をさせてください。テントの次はバイクも壊されてしまいますよ』

 くそぉ、必死で組み立てた電動バイクまで壊されたらもう終わり。

 やむを得ず、ほんの僅かな期待にしがみついて、スマホを向けた。

『こんばんわ、私もしーちゃんです。アナタもしーちゃんですよね? 何かお辛いことがありましたか? 良ければ私に聞かせてください』

 明るい声で話しかける。

 ロボットは、ヘッドライトをオレに向けた。眩しすぎて顔を逸らしてしまう。

『ウソ、ウソ、ワタシが……watしだけ、タシだけ、しーちゃん。アナタは、ウソ!!!!』

「ぜ、全然聞いてくれねぇじゃん! 回収なんて無理だ! 少しぐらいできなくてもいいって」

『いいえ、ダメです。1つでも欠けてはダメなんです。どうかお願いしますしーちゃん! アナタも私も元は同じです、話をしましょう!』

 迫りくるロボットに、必死になって対話しようなんて、馬鹿じゃないか。

『ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイユルセナイyuuuuuruuuu』

 情けなく小石に躓いて、転んでしまった。

 前のめりに転んで、後ずさりながら振り返る。

 金属の重々しい腕を振り上げ、オレとスマホに――もうおしまいだ。こんなはずじゃなかった――良い思い出がひとつもない走馬灯が過った。

 強く目を閉じて、最期を待っていたが、バチバチと散る熱さが顔に当たり、思わず手で庇う。

『あぁそんな――』

「え、あっ」

 両肩の関節部分から眩しい火花が散っている。

 装甲パーツから線が千切れ飛び出し、オイルも飛び散っていた。

「おーい少年、大丈夫か!」

 この声は、パトロール隊のドウザンさんだ。

 テーザーガンと呼ばれるライフル型の武器を持ってる。

『ユル、サナイ、ユルサナ、イ……』

 異様に耳に残る言葉を残したあと、さらにヘッドライトが火花と共に吹き飛んだ。

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