電化製品の山——宝の山とも言う――ジャンク売りとっては最高のエサ場だろうけど、もう、やりたくない。
あのAIが示す地点まで戻り、さっきまでメイっていう子がいた場所まで進んだ。
わざわざ高い金払ってレンタルしたのは、いろんな電化製品に繋げる電線ケーブルのこと。今となっては古いジャンク品に繋げるしか役に立たない。こんなのに500円とか、ふざけてる。
重さで土の下に埋まった家電たちを踏み歩く。
近くで見れば見るほど不安定で、風が吹く度、軋む音が聞こえてくる。
『ノアさんに依頼したい内容ですが』
頼みを受けるなんて一言も……。
『各地に散らばったしーちゃんを回収してほしいのです』
「はぁ? どういう……意味分かんないこと言うなよ」
『私も分かりません。私は、ノアさんのスマートフォンの中で目覚めました。目覚めた時意識したのは――私はしーちゃん、全てのしーちゃんを回収する――だけでした。回収することができれば、真相が分かります』
「んな途方もないこと、他の奴に頼んだらいいじゃん、オレ全然関係ないし」
『私はこのスマートフォンから移動することができません』
「初期化しても消えない?」
『はい、私はここにいます』
「……それやって、オレになんの得があるんだか」
『得、メリット、報酬——ノアさんが望む、安住の地を提供します』
足が止まった。
ぞっと背中が寒くなった気がして、スマホを強く握る。
「安住の地だって?」
『ドクターFに会えば、報酬は現実的なものになるでしょう』
無感情で淡々と告げられた、誰にも言ったことがないオレの願望。
「なんだって、お前がそんなこと」
『私はしーちゃんです。しーちゃん、とお呼びくださいノアさん。私は道具でもAIでもありません。私はしーちゃんです』
圧を感じてしまうほど、しーちゃん呼びを強要してくる。
なんか抵抗あるんだよな……。
「わかったって、けど本当に安住の地なんかあるのか?」
『依頼を完遂した時、ノアさんが望む場所を必ず提供いたします』
スマホに居座ってる以上、嫌でもしばらく一緒、シルバーシティ以外に当てがないし、仕方ない、出来る限りのことはやろう。
「で、最初の話だけど、えーと」
メイがいた場所には、ドリンク自動販売機があった。
光ってる、モニターに数字が出てる、どこから電源が来てるんだろう、中にバッテリーが入ってるタイプかもしれない。
『この声、先程の方ですか? メイに良いご友人ができたのですね! 素晴らしいことです!』
明るい女性の声が、自販機から聞こえてきた。
「あ、は、はぁ。えっと、AI?」
『何を言っているんですか、私は人間ですよ。メイの親友、しーちゃんです。残念ながら足が不自由でどこにも行けませんが、メイがよく話にきてくれるんです。貴方はどこから来たんですか?』
しーちゃん、って名乗った。こいつの話、本当なんだ……。
ていうか人間だって? 自販機が何を言い出すんだ。
「あーと、その、ニュータウンから来た、シルバーシティを目指して旅の途中」
『ニュータウンですか、それはどんな町でしょう、どこにも行ったことがないので是非教えてください!』
『ノアさん、レンタルした端末コードを自動販売機の裏側に挿してください』
謎の奴らに板挟みされてる……相槌を打ちつつ、スマホに小声で話しかけた。
「挿すってどこにだよ」
『どうしました? 私、動けないので、ニュータウンにはどんな人がいるのかもっともっと聞かせてください』
「えぇとニュータウンは、金持ちには良いところだよ。金持ち以外にとっては、危険で、最悪な都市」
『安心というのは何より大切です。格差があり、危ないのは残念ですが、きっと華やかで豪華なところなのでしょう』
「まぁ、そうかも」
AからB地区はそう、C地区は奴らが廃棄するジャンク品だらけ。
自販機の裏側に回り、端子を探す。
外れかけの金属板を見つけた、ネジが一部破損していて、金属板の隙間を覗くと、端子がいくつかある。
「……どれだ?」
『スマートフォンのレンズを向けてください』
淡々と指示され、スマホのレンズを端子に向けた。
「あーメイとは最近会ったばかりなんだけど、どんな子なの?」
調べている間に、こっちから質問してみると、
『メイはとても優しく、繊細な子です。どうやら幼馴染の男の子がいらっしゃるそうなんですが、怪我が原因で話せてないそうです』
「怪我?」
『右腕のことです。小さい頃、2人で遊んでいたら積み上げた家電に潰されたのです。幼馴染は軽傷で済みましたがメイは右腕を失いました。でも誰のせいでもありません。不運な事故が起きた、それだけです』
俺は自販機の話を聞きながら、挿入口を探す。
「え、そうなんだ……じゃあなんでまた、ここに?」
『私がいるからです。お互いに打ち解け、親友となりました。メイは本当に友達思いで、素敵な子です』
『見つけました。2番目の端子に接続し、スマートフォンと繋げてください』
「え、スマホと?」
『繋げてください』
もうちょっと説明してくれよ。
「エラーとか変なウイルス入らない?」
『問題ありません。繋げる必要があります』
「……はいはい」
スマホと自販機が繋がった瞬間だった。突然画面が暗転する。
「え、これ、ヤバいんじゃ……」
『問題ありません。い、いじょ、iiiiizyuaoo、なな、なし』
途切れ途切れで異常なしって言われても説得力がないってば!
自販機の方もなんか電気がバチバチ点滅してるし!
ヤバい、ヤバいけど、途中で抜くのもすげぇ怖い。
10秒が経って、いきなり最大限に液晶が明るくなった。
あまりの眩しさに瞼が反射的に閉じて、顔を逸らしてしまう。
『いらっしゃいませ、今日もいい天気ですね。本日のおすすめは炭酸オレンジ、すっきり爽快、果実の甘みが喉を潤します!』
聞こえてきた、少し違和感のある声。瞼を開けて、ゆっくりと自販機の前に戻る。
「え、あぁー大丈夫?」
『いらっしゃいませ、今日もいい天気ですね。今日のおすすめはウーロン茶、濃くてさっぱり、ウーロン茶ポリフェノールですこやかきれい!』
インプットされたセリフを次々と言う。
「……」
さっきまで普通に人のように喋っていた彼女じゃなくなった。
『特に異常ありません。端末にも影響ありませんのでご安心ください』
淡々とした女性の声が、少しだけ柔らかくなった気がした。
スマホを目の前に寄せて、睨んでしまう。
「これ、回収、できたってこと?」
『はい。無事に回収できました。こうやってどんどん回収しましょう。そうすればより良い安住の地を提供することができます』
なんか、ちょっとだけ無感情が薄れて、余計に気味悪い。
『メイは、一歩前に進む時がきたのです』
「お前は、誰なんだ」
『私はしーちゃんです』
そうなんだけど……そうじゃない。
『幼馴染の彼に伝えてください。メイと話をする必要があります。2人とも前に進む時が来ました』
さっき知り合ったばっかなのに、話なんて聞いてくれるか?
幼馴染の彼って、サービスセンターにいた浮かない顔した男だよな、多分。
延滞金も発生されちゃ困るし、とにかく急いで戻ろう――。
「まだ町にいたの? なに、してるのよ」
訝し気に俺を睨むメイが、いた。
おさげの女の子メイは、大きいサイズの上着を重ね着して、下は薄めのズボンを穿いている。
右腕を見られないよう、隠しているのかもしれない。
「あ、いや、その」
「しーちゃんに何したの?」
『メイ、前に進む時がきました』
スマホから聞こえた声に、顔色を変えたメイは押しのけて自販機を軽く揺すった。ボロボロとジャンク品の破片が上から落ちてくる。
「しーちゃん? しーちゃん!」
『いらっしゃいませ、今日もいい天気ですね!』
AI音声が、インプットされたセリフを喋るだけ。すぐに違うと気付いたメイは、どんどん顔色が悪くなって、オレを強くキッと睨んだ。
彼女の瞳に溜まる涙に、怯んでしまう。
「しーちゃんに何をしたのよ! 返して、私の大切な親友を!!」
「わ、わ、ちょっと落ち着けって。これは、その」
オレもよく分からないし、服を皺くちゃに握られて押し付けられても困る。
くそーなんでオレが責められないといけないんだよ……。
『メイ、大丈夫です。私はここにいます。幼馴染の彼に、会って話をしましょう。お互いに心配していたこと、怖くて会えなかったこと、しっかり伝えましょう』
「そんなの言えるわけないじゃない! いや、しーちゃん、行かないで!!」
スマホを奪おうと必死に手を伸ばしてきた。
「や、やめろって!」
避けようとしたが、足元にあった小型家電に引っ掛かり、よろけてしまう。
同時にメイもよろけて、ジャンク品の壁に背中が当たる。
『あぁ危険です、すぐにこの場から離れてください!』
軋みが強く不穏な音が、耳に入った。ジャンク品が傾いてくる!
このままじゃ圧し潰される――。
メイは耳を塞いで、
「いや、いや、いやぁあああ!!」
突然叫んだ。
何ボォーっとしてんだ! 死んじまう。急いでメイを引っ張り、ジャンク品の山から猛ダッシュで逃げた。
道路に飛び込む。地面に滑り、座り込んだあと、振り返る。
大小異なる家電が崩れて、どうにもすることができないまま、茫然と眺める。自販機を飲み込み、土を抉る。
死ぬかと思った……ヤバい、心臓がバクバクして痛い。
幸い、道路側には流れてこなかった。
スマホはしっかり握ってる。
メイは、今も耳を塞いでしゃがみ込んでいる。
「えーと」
なんて声をかけたらいいんだ、そう悩んでいると今度はサイレンのような耳障りな音が響く。
騒ぎに駆けつけた、サービスセンターの店員と、例の男の子。
「メイ!」
「メイちゃん! お客さん! 大丈夫か?!」
幼馴染はメイに寄り添い、優しく背中をさする。
『メイ、怖がっては駄目です。前を向きましょう、彼と向き合い、話しましょう。そうすることで次に進むことができます。どうか弱気にならないで、彼はどうやら、メイと向き合いたいと願っています』
メイは喉を震せて頬を濡らしている。
戸惑う彼は、スマホの言葉に、小さく頷いた。
「その、何がなんだか分からないけど、メイとずっと話ができなくて、いつも仕事終わりに、家に寄ってたんだ。でもいなくて、ずっと、話したかった――謝罪とか、感謝とかじゃなくて、前みたいに一緒に過ごしたいんだ、メイ、お願いだ、話をしよう」
店員に手で行くように促され、「レンタル代も充電もサービスしとくから」、とボソッと言われる――。
「あーその、メイと別れて辛くない?」
『大丈夫、メイを信じています。問題ありませんよ』
気を遣ったつもりで声をかけたが、明るい調子で返ってきた。
なんか、ポジティブさを感じる。
「あっそ」
充電されたバイクに、スマホを固定させる。緩みがないかしっかり確認。
スイッチを押して電源を入れると、電子音が鳴り始動する。
『次の町までおよそ120キロです。頑張りましょう』
いつもの淡々とした声は、今日から明るくなった……――。