「お客さんのスマホ、特に異常ないね。ウィルス、エラーもなし。古い型だけどちゃんと動いてるよ」

　髪を掻いて出てきた答えは期待ていたものとは大きく違った。

　カウンターに手を置いて体が前のめりになる。

「なんか変なシステムが勝手にインストールされてるとか、何も！？」

「というか、アプリも必要最低限のものしか入ってないし、アップデートはとっくの昔に終わってるし、一応クリーンにしたけど、多分何も変わってないかな」

「……」

　まぁでも、クリーンにしたってことは消えたかも。

「そうですか、すみません、ありがとうございました」

　カウンターから離れると、

「あれ、お客さん端末コードよかったの？」

　店員はわざわざ端末コードも持ってきた。

「あ、それはいらな」

『コードを持っていくことを推奨します。ノアさん』

　思わず自らの耳を叩いてしまう。

「消えてない！　なんで？！」

「まぁまぁお客さん、別に問題なさそうだし、喋ってくれるなら便利だし、いいんじゃない」

　所詮他人事かよ。

　タダで貰ったスマホだし、お金に余裕があるわけじゃないから買い替えるなんてことできない。

　楽天的な店員を睨んでしまう。

「そんな顔されても。あっ、リペアサイドFに連絡入れようか？」

「リペア、サイドえふ？」

　店員は頷く。聞いたことない。

「色々と専門にしてる発明家みたいな人のオフィス。サービスセンター設立にも関わってるし、多分解決してくれると思うんだよ。今から連絡するよ」

『ドクターF』

　スマホが反応した。

「え、知ってる？」

『ドクターFは、ガソリンに代わるバイオ燃料の研究を日夜行いながら、スマートフォンの開発、アプリ開発も行っている発明家です』

　多分ネットの記事から引用したな。

　通話を試みている店員は、少し難しい表情で、

「あー繋がらないな。研究所か、シルバーシティにいるかもしれない。一応他のSCにも連絡しておくよ。君のスマホにオフィスの連絡先入れとく」

「ありがとうございます」

　ちょっと失礼だけど、なんだかんだ親切な人だ。

　スマホにリペアサイドFという会社の連絡先を入れてもらう。

『ノアさん、コードのレンタルをすい』

「分かったから、黙ってろ」

　渋々、小銭を出してコードを借りた。

「１時間毎に延滞金発生するからね」

「はい……」

　くそ、急いで行こう。

　オレとすれ違いざまに入ってきた、作業着姿でオレと同い年くらいの男の子。浮かない表情で、

「ただいま……」

　寂しく呟いている。

「おかえり。遅かったな、修理手こずったのか？」

「ちゃんとバッテリー交換と、パーツの掃除、してきた」

「よしよし。その顔を見るに帰り道メイちゃんの家に寄ったんだろ。それで、やっぱり会えなかったか」

「……やめろよ、お客さんにいるのに」

　思わず立ち止まってしまった。

　メイ、ってさっきの子の名前、だよな。謎の声が呼んでいた名前。

『ノアさん、先ほど通った地点に行くことを推奨します』

「……はぁぁー」

　深いため息が嫌でも漏れる。うるさいスマホをポケットに入れて、ついさっき通ったばかりの電化製品の山に戻ることに……――。