『間もなく、目的地に到着します』
感情のない謎の声が、もうすぐ着くことを知らせる。
50キロの道中は、ニュータウンから飛び出した時と同じ、道路がでこぼこになって、道路標識がへし折れ、さらに信号機が破片を散らして道路を横断していた。
『ホテルに泊まることもできます』
ついでにと検索されたホテルの名前が地図に浮かび上がる。
「いや、別に……ホテルはいらない」
このAIは一体何だろう、しーちゃんっていう名前がまた不気味すぎる。
アプリじゃないならウイルスでもエラーでもない、らしい。
とにかく、サービスセンターに行って原因を突き止めよう。
前回とよく似た骨董品レベルの家電が大量に積まれた道の両脇。
骨董品ともいえる電化製品の山を、徐行しながら眺めていると、人影が見えた。
右手と右足でブレーキを踏んで、ゆっくり端に停める。ジェットヘルメットのシールドを上げて目を凝らす。
年の近い女の子だ。
なんでまたジャンク山のところにいるんだろう、ジャンク売りでもなさそうだし、何よりかなり危険だ。
『最近電化製品の雪崩に巻き込まれて亡くなるケースが多いようです。ネットニュースに掲載されています』
勝手にスマホの中を探られているみたいで気持ち悪いな。
「あーうん……まぁ」
「だれっ!」
うわ、気付かれた。
おさげの女の子、上着を何枚か重ねて着てる割に下は薄手のズボン。
釣り目で睨みを利かせてる。
「ご、ごめん。あーえと、いつ崩れてもおかしくないから、危ないよ」
「知らない人……何の用? 企業の人間?」
「違う。オレは、その色々あって、シルバーシティを目指してて、休憩で寄ろうと――」
なんて説明すればいいのか分からず、ちぐはぐに伝えてしまう。
企業の人間じゃないことだけは、ハッキリ断言できる。
『メイ、この言動、心配してくれてます。きっと親切な方ですよ』
明るい声がどこからか聞こえた。
スマホじゃない。
「え、今の……どこから」
「なんでもない! 私は大丈夫だから、あっち行って!」
「う、うん、気を付けて」
まぁ町の子だし、慣れてるのかも。バイクを走らせ、町に入る。
ただ、誰の声だったんだろう。
『ノアさん』
「……」
『ノアさん』
「……」
『ノア・タチバナさん、聞こえていますか』
「はぁ、聞こえてるよ」
喋ってるところを見られたくないから、小声で答える。
『お願いがあります』
「なに?」
『先程の所まで戻ってください』
「いやいや、どうして?」
『必要なことです。ノアさんに依頼したいことがあります。それはとても重要な事です』
そんなこと言われても、さっきの子は近づいてほしくなさそうだったし、よそ者が関わるのもなぁ。
「今はとにかくサービスセンターに行かせてくれ」
『分かりました。ですが出発する前に先ほどの地点まで戻ることを推奨します』
しつこい……。
統一された白黒のコンテナをくっつけた外観のサービスセンター前にバイクを停める。
スマホをホルダーから外して、店内に入った。
内装も一緒。壁際にパソコンがいくつかあって、中央奥にカウンターがある。
店員は足を組んでカウンターの台に乗せていた。
「あーいらっしゃい」
すぐ気付いて、カウンターから足を下ろした。
「あのー」
『端末を繋げるコードをお借りできませんか?』
言葉を遮る女性の声。
「……端末のコード? 別にいいけど、レンタル料いるよ」
「あのいらな」
『いくらでしょうか?』
「1時間500円」
充電より高いじゃん。
『ノア・タチバナ様』
フルネームで呼ばないでくれ。
「あの! スマホなんですけど、異常ないか見てくれませんか?」
レンタル料を払う前に、とにかくこの謎のAIみたいなのを排除してほしい。スマホをテーブルに置けば、店員は目を丸くさせた。
「異常ってどんな感じ?」
「えぇっと、別のサービスセンターで譲り受けたんですけど、起動させたらAIが勝手に話してきて」
「AIが勝手に?」
『私はAIではありません。しーちゃんと申します』
スマホから聞こえた自己紹介に店員は案の定驚く。
「と、とにかく、調べてください! あと、バイクの充電お願いします!」