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第1話 しーちゃんと出会う

「よし……」

 小ぶりな電動オートバイが静かに走った。

 今のところ上手く動いてる、ほんとに今のところ。

 単眼ライトにスリムなタイヤ。

 飾りのマフラーをくっつけた。なんとか手に入れた半固体電池を埋め込み、モーターもゲット。

 動くか心配だったけど、静かに、力強く揺れ、単眼ライトが光ってくれた時には、膝が折れそうなぐらい安心した。

 スマホホルダーに、ジャンク屋で買った古めのスマホを装着。

 プラ製の収納ボックスとテント一式、それからリュックも積んだ。

 振り返ると、眩しいネオンが光っている都市。薄い膜のように都市を囲む、ホログラム。

 オレの故郷……なんて思いたくない最悪の都市。

 希望を抱いて故郷のニュータウンを出たわけじゃない、強制的で、どうしようもないほど無力だった。

 そして、追い込むように外の世界は、想像していた景色は、荒廃していた。

 道路は亀裂だらけ、でこぼこだし、道路標識が折れて障害物になってる。

 山は、動画や画像で見た景色と全然違う。

 丸裸、茶色と橙色の中間で、途中まで重機で削られた跡があった。

 人が暮らしてる感じもない。不気味なくらい静かで、寂しい景色ばかり続く。

「もう、どうしたら……」

 目的も、希望もない外、途方に暮れるしかない――途端、前輪がガクン、と跳ねた。

「いっ!」

 お尻が一瞬浮き、全身が波打った感じで揺れてしまう。

「てっ!!」

 乱暴に着地し、ホルダーから頼りなく軋んだ音が聞こえた。

「え――」

 スマホが、ジャンクで、必死に貯めた金で買った、スマホがっ!!

 瞬く間に通り過ぎていく。

「うそ、うそうそ、ウソでしょっ!」

 慌ててブレーキを握りしめると、摩擦が悲しく鳴り響いた。

「あ、あぁ」

 液晶画面が下になってる、あんまり過ぎる――サイドスタンドをしっかり下ろし、我ながら情けない声を絞り出しながら拾う。

「う、ぁぁぁ――」

 案の定、画面が無造作に割れ、蜘蛛の巣どころか真っ白に割れてる……。

「あぁ」

 やってられない……。

 液晶なんて、そこらへん探して見つかるわけがない。

 確か、ニュータウンの近くに町のサービスセンターがあったはず。

 そこなら修理をしてくれるかも……とにかく、目指すしかない。

「はぁー」

 悲しみとぶつけられない怒りのストレスがぐるぐる、胸のなかでぐちゃぐちゃに混ざる。

 バイクに乗り直し、サービスセンターを目指した——。 

 枯れた畑や寂れた廃墟ビル、誰も住んでいない民家を通り過ぎ、誰ひとりとしていない集落を通り越した。

 その先、ようやく見えたのは、道の両脇に骨董品レベルの電化製品がたくさん積まれた山だった。

 無理に積み上げられ、崩れて道にはみ出てる。

 こんなの巻き込まれたらひとたまりもないよな……急いで抜けよう。

『ようこそいらっしゃいませ』

 入り口にゲートがあって、通過するとセンサーが反応し、AI音声でアナウンスをしてくれる。

 町の中は、思いのほか、綺麗だった。

 ニュータウンより、生活感がある。なによりロボットがいない。

 真っ先に目指したのは、もちろんサービスセンター。

『ニュータウン前支店SC』

 白黒のコンテナをいくつか合体させた建物、その上に看板がある。

 やっとサービスセンターに着いた……ひと安心。

 バイクの電気残量、メーターはまだ半分以上あるけど、一応充電しとこうかな。 

 店に入ると、壁側に端末コーナーと、中央奥にカウンターがある。

「あ、いらっしゃい」

 イスで寛いでいた作業着の店員がオレを見るなり、少し目を丸くさせて立ち上がった。

「あのーバイクの充電と、それと、スマホの画面が割れちゃって……修理できませんか?」

 ひび割れたスマホを取り出すと、驚いた息を漏らす。

「うーわ、かなり古い端末だね。液晶と、精密部品の破損ってとこかな。悪いけどこのタイプの適合部品はもちろん、間に合わせの部品も流通してないんだ」

「あー…………」

 もう言葉にならない、必死で金を貯めていた自分が脳裏に浮かぶ。

 店員にはどう見えたんだろう、「あっ」と言ってカウンターの奥に行ってしまう。

 新しいスマホを買う金なんて残ってない……せいぜい充電できる硬貨と少しばかりの食費分。  

「はいはいごめんね、おまたせ」

 カウンターの奥から箱を持って戻ってきた。

 箱の中身は、綺麗に梱包されたスマホ、というか未使用?

「10年以上前に売れ残ってたスマホ。正直売る価値がないぐらいガラクタだからさ、壊れたスマホと引き換えにあげるよ」

「えっ!?」

 売る、価値がない……ガラクタ。

「お兄さん、ニュータウンから来た人?」

「はい……」

「裏ジャンで買ったんでしょ」

 裏ジャン——違法ジャンク屋の通称だ。

「……はい。あ、スマホ、ありがとうございます」

「とりあえず端末コーナーで登録しておいで、外は不便だから協力し合わないとね。ほら、元気だしなよ」

 優しく励ましてくれる店員に感謝しつつ、パソコンに向かう。

 ナンバーを入力して、新しいスマホと繋げた。

 まずは、名前と情報を入力っと。

 名前は『ノア・タチバナ』で、生年月日、年齢は、18歳。

 住所は最初から無い、テキトーに入力しとこう。えぇーと、ニュータウンC地区でいいや。

 無料アプリを色々インストールして、あとはシステムアップデートを待つ。

「バイクの充電繋げておいたよ」

「あ、ありがとうございます」

「わざわざ都市を出るなんて珍しいね。外はどこもこんな有様だし、旅行の価値もないよ?」

「えと、ちょっと、色々あって」

 外の人は、ニュータウンのことを詳しく知らないんだろうな。

「あっとごめん、詮索みたいなことして。何か力になれることがあるかと思ってね。もし目的地を決めてないなら、ずっと西に下りた先にシルバーシティって町がある、昔はシティって名前通り大きな都市だったんだ。景観良しの古き良き町で、サービスセンターの本社もある。行ってみて損はないよ」

 にこやかな店員に、俺もつられて、笑顔になった。

「シルバーシティ、行ってみます」

 生きた会話も何年振りだろう……。

 たった数分で充電が終わり、アップデートも完了。再びカウンターで手続きを行う。

「これでどこのサービスセンターでも同じことができる。そんじゃもう落とさないように、今度は有料だからな」

「はい、色々とありがとうございました」

 頭を下げて、店員にお礼を言う。あと、バイクの充電料金を支払う。

 充電してもらったバイクのもとへ。ネジの緩みを手で確認し、新たなスマホを取り付けた。

 何度か手で動かしたり、ハンドルを切ったり、今のところ問題なし。あとは走行してどうなるか。

 とにかくシルバーシティを目指そう。

 スマホのナビを起動させると、

『こんにちは』

 感情のない音声が流れてきた。

「あれ?」

 確かに音声案内がついてるけど、起動時に挨拶なんてしない。

『シルバーシティは、500キロ先にあります。まずは西に向かいながら、各町に寄ることをおすすめします。次の町は50キロ先の』

 どんどん話が進んでいくし、勝手に目的地を決めようとしてる。

「え、えぇ、なにがどうなって、変なウィルスが入った?」

『シ、システム、ナ、ビに異常ありません』

「へ、返事した?!」

『ワタシはsisisiiiisi——シーチャンと呼ばれて、います』

 時々音声が途切れながら名乗ってきた。

「しー、ちゃん?」

『はい、しーちゃんとお呼びください。アナタは……ノアさん、ですね』

 どうなってんだこれ。

「えぇー変なアプリ、とか?」

『いいえアプリではありません』

 無感情な声で、人間のようにやり取りをしてくる。

「あの人、ひとりで喋ってるー」

 向かいの歩道からクスクスと笑う声が聞こえた。

 うわ、途端に顔が熱くなる。めちゃくちゃ恥ずかしい!

『次の目的地までご案内します。退屈な時はご自由に喋りかけてください』

 あぁもう、俺はヘルメットをかぶり、電動バイクに跨る。

 スイッチを押して、始動。静かに加速する。

 町のゲートを通過すれば、

『ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております』

 センサーが反応した。

『こちらこそありがとうございました』

 無感情に返事してる……なんなんだよこいつ。

 しばらく寂れた景色を眺めながら道路を走る。スマホは大人しくルートを示す。

 次のサービスセンターで相談してみよう。

「……」

 本当に喋りかけたら、応えるのか?

「あのーもしもし?」

『はい』

 スマホから感情のない声が聞こえる。

「うわ……あーこのスマホに元々あるシステム?」

『いいえ』

「あ、そ、そう」

 会話はできるみたいけど、やっぱり冷たい。なんか怖いなぁ。

 とにかく今は、町を目指そう……――。

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