「よし……」
小ぶりな電動オートバイが静かに走った。
今のところ上手く動いてる、ほんとに今のところ。
単眼ライトにスリムなタイヤ。
飾りのマフラーをくっつけた。なんとか手に入れた半固体電池を埋め込み、モーターもゲット。
動くか心配だったけど、静かに、力強く揺れ、単眼ライトが光ってくれた時には、膝が折れそうなぐらい安心した。
スマホホルダーに、ジャンク屋で買った古めのスマホを装着。
プラ製の収納ボックスとテント一式、それからリュックも積んだ。
振り返ると、眩しいネオンが光っている都市。薄い膜のように都市を囲む、ホログラム。
オレの故郷……なんて思いたくない最悪の都市。
希望を抱いて故郷のニュータウンを出たわけじゃない、強制的で、どうしようもないほど無力だった。
そして、追い込むように外の世界は、想像していた景色は、荒廃していた。
道路は亀裂だらけ、でこぼこだし、道路標識が折れて障害物になってる。
山は、動画や画像で見た景色と全然違う。
丸裸、茶色と橙色の中間で、途中まで重機で削られた跡があった。
人が暮らしてる感じもない。不気味なくらい静かで、寂しい景色ばかり続く。
「もう、どうしたら……」
目的も、希望もない外、途方に暮れるしかない――途端、前輪がガクン、と跳ねた。
「いっ!」
お尻が一瞬浮き、全身が波打った感じで揺れてしまう。
「てっ!!」
乱暴に着地し、ホルダーから頼りなく軋んだ音が聞こえた。
「え――」
スマホが、ジャンクで、必死に貯めた金で買った、スマホがっ!!
瞬く間に通り過ぎていく。
「うそ、うそうそ、ウソでしょっ!」
慌ててブレーキを握りしめると、摩擦が悲しく鳴り響いた。
「あ、あぁ」
液晶画面が下になってる、あんまり過ぎる――サイドスタンドをしっかり下ろし、我ながら情けない声を絞り出しながら拾う。
「う、ぁぁぁ――」
案の定、画面が無造作に割れ、蜘蛛の巣どころか真っ白に割れてる……。
「あぁ」
やってられない……。
液晶なんて、そこらへん探して見つかるわけがない。
確か、ニュータウンの近くに町のサービスセンターがあったはず。
そこなら修理をしてくれるかも……とにかく、目指すしかない。
「はぁー」
悲しみとぶつけられない怒りのストレスがぐるぐる、胸のなかでぐちゃぐちゃに混ざる。
バイクに乗り直し、サービスセンターを目指した——。
枯れた畑や寂れた廃墟ビル、誰も住んでいない民家を通り過ぎ、誰ひとりとしていない集落を通り越した。
その先、ようやく見えたのは、道の両脇に骨董品レベルの電化製品がたくさん積まれた山だった。
無理に積み上げられ、崩れて道にはみ出てる。
こんなの巻き込まれたらひとたまりもないよな……急いで抜けよう。
『ようこそいらっしゃいませ』
入り口にゲートがあって、通過するとセンサーが反応し、AI音声でアナウンスをしてくれる。
町の中は、思いのほか、綺麗だった。
ニュータウンより、生活感がある。なによりロボットがいない。
真っ先に目指したのは、もちろんサービスセンター。
『ニュータウン前支店SC』
白黒のコンテナをいくつか合体させた建物、その上に看板がある。
やっとサービスセンターに着いた……ひと安心。
バイクの電気残量、メーターはまだ半分以上あるけど、一応充電しとこうかな。
店に入ると、壁側に端末コーナーと、中央奥にカウンターがある。
「あ、いらっしゃい」
イスで寛いでいた作業着の店員がオレを見るなり、少し目を丸くさせて立ち上がった。
「あのーバイクの充電と、それと、スマホの画面が割れちゃって……修理できませんか?」
ひび割れたスマホを取り出すと、驚いた息を漏らす。
「うーわ、かなり古い端末だね。液晶と、精密部品の破損ってとこかな。悪いけどこのタイプの適合部品はもちろん、間に合わせの部品も流通してないんだ」
「あー…………」
もう言葉にならない、必死で金を貯めていた自分が脳裏に浮かぶ。
店員にはどう見えたんだろう、「あっ」と言ってカウンターの奥に行ってしまう。
新しいスマホを買う金なんて残ってない……せいぜい充電できる硬貨と少しばかりの食費分。
「はいはいごめんね、おまたせ」
カウンターの奥から箱を持って戻ってきた。
箱の中身は、綺麗に梱包されたスマホ、というか未使用?
「10年以上前に売れ残ってたスマホ。正直売る価値がないぐらいガラクタだからさ、壊れたスマホと引き換えにあげるよ」
「えっ!?」
売る、価値がない……ガラクタ。
「お兄さん、ニュータウンから来た人?」
「はい……」
「裏ジャンで買ったんでしょ」
裏ジャン——違法ジャンク屋の通称だ。
「……はい。あ、スマホ、ありがとうございます」
「とりあえず端末コーナーで登録しておいで、外は不便だから協力し合わないとね。ほら、元気だしなよ」
優しく励ましてくれる店員に感謝しつつ、パソコンに向かう。
ナンバーを入力して、新しいスマホと繋げた。
まずは、名前と情報を入力っと。
名前は『ノア・タチバナ』で、生年月日、年齢は、18歳。
住所は最初から無い、テキトーに入力しとこう。えぇーと、ニュータウンC地区でいいや。
無料アプリを色々インストールして、あとはシステムアップデートを待つ。
「バイクの充電繋げておいたよ」
「あ、ありがとうございます」
「わざわざ都市を出るなんて珍しいね。外はどこもこんな有様だし、旅行の価値もないよ?」
「えと、ちょっと、色々あって」
外の人は、ニュータウンのことを詳しく知らないんだろうな。
「あっとごめん、詮索みたいなことして。何か力になれることがあるかと思ってね。もし目的地を決めてないなら、ずっと西に下りた先にシルバーシティって町がある、昔はシティって名前通り大きな都市だったんだ。景観良しの古き良き町で、サービスセンターの本社もある。行ってみて損はないよ」
にこやかな店員に、俺もつられて、笑顔になった。
「シルバーシティ、行ってみます」
生きた会話も何年振りだろう……。
たった数分で充電が終わり、アップデートも完了。再びカウンターで手続きを行う。
「これでどこのサービスセンターでも同じことができる。そんじゃもう落とさないように、今度は有料だからな」
「はい、色々とありがとうございました」
頭を下げて、店員にお礼を言う。あと、バイクの充電料金を支払う。
充電してもらったバイクのもとへ。ネジの緩みを手で確認し、新たなスマホを取り付けた。
何度か手で動かしたり、ハンドルを切ったり、今のところ問題なし。あとは走行してどうなるか。
とにかくシルバーシティを目指そう。
スマホのナビを起動させると、
『こんにちは』
感情のない音声が流れてきた。
「あれ?」
確かに音声案内がついてるけど、起動時に挨拶なんてしない。
『シルバーシティは、500キロ先にあります。まずは西に向かいながら、各町に寄ることをおすすめします。次の町は50キロ先の』
どんどん話が進んでいくし、勝手に目的地を決めようとしてる。
「え、えぇ、なにがどうなって、変なウィルスが入った?」
『シ、システム、ナ、ビに異常ありません』
「へ、返事した?!」
『ワタシはsisisiiiisi——シーチャンと呼ばれて、います』
時々音声が途切れながら名乗ってきた。
「しー、ちゃん?」
『はい、しーちゃんとお呼びください。アナタは……ノアさん、ですね』
どうなってんだこれ。
「えぇー変なアプリ、とか?」
『いいえアプリではありません』
無感情な声で、人間のようにやり取りをしてくる。
「あの人、ひとりで喋ってるー」
向かいの歩道からクスクスと笑う声が聞こえた。
うわ、途端に顔が熱くなる。めちゃくちゃ恥ずかしい!
『次の目的地までご案内します。退屈な時はご自由に喋りかけてください』
あぁもう、俺はヘルメットをかぶり、電動バイクに跨る。
スイッチを押して、始動。静かに加速する。
町のゲートを通過すれば、
『ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております』
センサーが反応した。
『こちらこそありがとうございました』
無感情に返事してる……なんなんだよこいつ。
しばらく寂れた景色を眺めながら道路を走る。スマホは大人しくルートを示す。
次のサービスセンターで相談してみよう。
「……」
本当に喋りかけたら、応えるのか?
「あのーもしもし?」
『はい』
スマホから感情のない声が聞こえる。
「うわ……あーこのスマホに元々あるシステム?」
『いいえ』
「あ、そ、そう」
会話はできるみたいけど、やっぱり冷たい。なんか怖いなぁ。
とにかく今は、町を目指そう……――。