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第三十話 一方その頃、というシステム

 ──そんな白熱したクイズ合戦をしていた頃。


「エヴァリン可愛いよね」

「は?」

 そうやって俺へと話かけてきたのはミック公爵令息だった。


「あ、安心して。ソードマスターである君の恋人に手を出すつもりはないし、そもそもボクは今君の主人でもある妖精の姫君に求婚中だから」

「それ、断られますよ」

「勝手にそんなこと言って国同士の問題にならない?」

「ただの護衛騎士の戯言ですから」

「いやいや、ソードマスターであり伯爵家、しかも王女の専属護衛である君はなかなかに発言権があると思うけど──ふぅん、つまり、そういうことなんだ」

 含みを持たせた言い方にドキッとする。

 だが、こんなに全てバレバレのエヴァ様だ、バカそうに見えていたが勘のいい人なら一目でエヴァの正体がただの平民ではなく高貴なる身分の人だと察するだろう、と思う。

(くそ、そりゃ気付かれるよな)


 なぜならエヴァ様はそもそも彼女はその王族特有の淡いピンクの髪も、高貴さをにじませるアメジストのような紫の瞳も隠していないのである。

『顔がバレてないから大丈夫よ』なんて言い張ってそのままの姿で今回の潜入をしているのだ。

(まぁ、だから王太子殿下がこんなにも近衛騎士を同行させたんだろうけど)


 ソードマスターが専属の護衛としてついているのにも関わらずのこの護衛数。

 それだけ彼女を大事にしていると実感させられる。もちろんそれは俺も同じだ。

 わがままで奔放。誰よりも図々しく振舞う姿は、誰よりも傲慢だけれど、それは幼い時や自身の生い立ちからくる虚勢の一種だと誰もが知っていた。

 彼女はそんな自分でいないといけないとどこか考えている節がある。

(そんなエヴァ様を、俺は誰よりも特別に感じているから)

 だから。


 だからミック公爵令息に何を言われても関係ない。何を犠牲にしても必ず彼女を守り彼女の邪魔はさせないのだと、机の下でぎゅっと両手を握りしめる。

 どんなことを言われても絶対にポーカーフェイスを保ち、何の情報も渡さない。完璧な仮面を被るのだ、とそう気合を入れ彼からの言葉を待っていた俺に告げられたのは。


「君、妖精姫にフラれたんだね?」

「まだフラれてませんけどぉっ!?」

(ハッ、しまった。ポーカーフェイスが行方不明だ)

 想定外の彼の言葉に反射的に返答し、冷や汗が滲む。


(これが社交界の戦いってやつか)

 相手の姑息な口上に乗りペースを握られては大変だ。冷静に、そして迅速に精神を立て直さなくては。


 「でも、いくらフラれて悲しいからって自分を慕うレディを誰かの代わりにするなんてよくないよ」

「いや、フラれてないし告白してもないです」

「告白してない、ってことはいつか告白するってことなの?」

「いやっ、それはその! というか、そもそも代わりって……」

(まさか気付いてないのか? こんなにバレバレなのに? ここにはポンのコツしかいないのか!?)


 だが彼がエヴァ様の正体に気付いていないならば話は変わってくる。

 ここはあくまでも『エヴァ様はただの護衛対象だ』と印象付け『彼女の扮するエヴァリンは俺の恋人である』という主張の元誰も近付けさせなければいい。

 王族である彼女自身は過保護な陛下と過保護な殿下たちが目を光らせているので、今回のこの期間ミック公爵令息を含めた不埒な輩から守り切ればいいだけだ。


 そう考え直した俺は、落ち着くために深呼吸をひとつ。

(訓練しかしてこなかったただの騎士にどこまでできるかはわからないが)

 それでも彼女を守るためなら、どんなことにでも対応してみせる。気合を新たにした俺は、ミック公爵令息へとしっかり向き直った。


「ま、気持ちはわかるけどね」

「は? まさかエヴァ様に求婚しておきながらエヴァ様によそ見をしようとでもいうのか?」

「怖い顔しないでよ。あとエヴァ様が溢れかえってるけど後半はエヴァリンのことであってる? それならボクが彼女に手を出すことはないよ、だって身分が違うからね。君だってそうだろう?」

「身分なんて、そんなの俺は」

「君がよくても世間が許さないよ。まぁソードマスターの権力で押し通せるのかもしれないけど、ボクには無理かな。ボクは公爵家次期当主として、この身分にあった令嬢を選ぶ義務があるからね」

 気合を入れた俺にあっさりと告げられる当たり前の言葉。その言葉に何故かズキリと胸が痛む。

 公爵令息の彼が、どれだけ魅力的だろうと平民とは結婚しないのは当然と言えば当然のことだった。

(貴族と平民なんだから当たり前だろ)

 そしてそれは次期当主でもなんでもない、伯爵家出身というだけの騎士の自分と、王女である彼女にも当然当てはまること。


 もちろん今回は潜入という観点から突然恋人という設定になったが、それはあくまでも偽の関係だとわかっている。

 だけど、彼女を守るように後ろに立つでもなく、彼女を庇うために前へ立つのでもなく。ただ彼女の隣に立つことを許されたからだろうか。

(いつの間にか、欲を出していたのか。俺は)


 そんな気付きたくない奥底へ隠していた気持ちを無理やり剣で刺されたように、その当たり前が何故か痛かった。

 別に彼の貴族としての考えが事実だったからじゃない。その決意を、エヴァも持っていると知っていたから──


 思わず俯いた俺の動揺なんて気付きもしないのか、突然ハハッと明るく笑ったミック公爵令息が、視線を俺から彼女たちへと戻す。

「ほら、レディたちの戯れが終わったみたいだよ」

 そんな彼に倣い俺もエヴァ様たちの方を見ると、気付けば何枚ものパネルを椅子の横に立てかけて唸り合っている。


 そんな、エヴァ様らしい〝当たり前〟に、どうしてか俺は心の底からホッと安堵のため息を溢したのだった。


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