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第二十七話 隠す気は、あるんです

「何やってるのよ、バレるでしょ」

「いや、その発言の方がバレそうですけど。というか俺、座りたくないんですが」

「何でよ」

「マナーに自信がなくて」

 困り顔でそう耳打ちされて、ぽかんとする。

(オスキャルって伯爵家出身よね?)

 伯爵家ならば基本的なマナーは教えているはず。確かに神殿のような神々しい場所や、格式高そうな場所での食事は緊張するかもしれないがここはあくまでも公爵家の東屋だ。


 伯爵家からすれば当然格上の貴族ではあるものの、食事を拒否するほどマナーに手厳しくないだろう。

 そこまで考えた私はやっとある当たり前の事実に気付く。

 彼はソードマスター、何年もかけて訓練し、能力を習得した特別な騎士。

 マナーを学ぶことを後回しにし、剣術や魔力操作の訓練にあてたのかもしれない。その可能性は十分にある。


 彼が自身の時間と青春を犠牲にし努力した結果、モテる要素は一応揃っているにも関わらず恋人どころか親しい令嬢ひとりいない、拗らせた彼が出来上がったのだ。


(その事は西の魔女・ローザの時に散々実感したことなのに、私ってばうっかりしていたわ)

 ウンウンと頷きながら、自身の出した結論に納得する。

(だったら仕方ないわね)

 そして私は改めてそんなオスキャルをじっと見つめ、微笑んだ。


「わかったわ、オスキャル。マナーのことは心配しないで」

「エヴァ、様?」

「もう、また様付けになってるわよ。私のことはエヴァリンと呼びなさい。そして食事は全て、貴方の恋人であるエヴァリンがあーんしてあげるわ」

「……はぁ?」


 解決策はこれだ。オスキャルがマナーを不安がっているならば、そこをフォローするのみである。

 だがこの解決策に自信満々な私に対し、オスキャルはというとどうしてなのかこのよの 終わりのような顔をした。

 どこの令嬢にもあーんして貰ったことがないオスキャルは、どんなものなのか想像ができないのかもしれない。


 ならば実践だ。

 私はすかさず目の前に置かれているケーキをフォークを一口分切り分け、彼の前へと差し出した。


「怖くないわ。ほら、口を開けなさい。あーん」

「いやっ、それはちょっとマナー的に、エヴァ様っ」

 両手を顔の前に掲げ私からのあーんを拒もうとするオスキャルは、チラッチラッと意味深な視線をイェッタとミック公爵令息の方へと向ける。

 恥ずかしいのだろうか?


「親鳥が雛に食べさせていると思いなさい。そうすれば恥ずかしくはないでしょう」

「鳥の給仕は求愛ですけどっ!?」

「み、見せつけてマウントを取っておられますの!?」

「ラッブラブな恋人同士なの、イチャイチャしてもいいじゃない」

 相変わらず必死で拒むオスキャルの手を時にフェイントをかけながら華麗にくぐり抜け、ケーキを彼の口の中へと詰め込もうとする。だが、絶妙に彼まで遠い。


 机を挟んではいないので届きそうではあるが、それでも椅子と椅子の間にある隙間のせいでオスキャルが顔を背ければもう届かないのだ。

 フンッ、フンッと勢いをつけてあーんとイヤイヤの攻防を夢中でする私たちだったが、これでは終わりが見えない。


 あまり手間取っていると、恋人同士という設定が不自然に見えてしまうだろう。

 そのことに焦った私だったが、ハッとあることに気付く。そうだ。さっきオスキャルが座らず私の護衛のように背後に立ったことで彼女たちは今違和感を持っているはず。


(でもその違和感ごと払拭する起死回生の一言が閃いたわ!)


 私は意気揚々と得意気に立ち上がり、そしてオスキャルの頭を抱き寄せた。

「さっきオスキャルが椅子に座らなかったのも、普段は私が彼の上に乗っているからよ!」

「ごふっ」

 私の宣言を聞いてなぜかオスキャルが吹き出した。確かに彼はマナーが得意ではないらしい。

「の、乗ってるって貴女……」

「そうなの。いつも乗ってるの。時には向かい合って彼の上に座り、時には彼に背中を預けるように深く座るわ!」

(人間椅子ってやつね)


 実際はもちろんそんなことしたことはないが、騎士たちも腕立て伏せの訓練で負荷をかけるため背中に人を乗せることがある。

 空気椅子、なんてその場でできる簡単な訓練もあるし、もっと負荷をかけるように膝に誰かを座らせて訓練したっていいだろう。

 ひとりくらいはやっているんじゃないだろうか。知らんけど。


 そんなことを考えながらウンウンと頷いていると、ガタッと立ち上がったイェッタが私たちを指さしプルプルと震えだした。


「ハ、ハレンチですわぁー!?」

「え、どうしてよ」

 突然そんなことを叫びだすイェッタに呆然としてしまう。

(ハレンチって……え、ただの訓練の話じゃない)


「恋人なんだから上に乗るくらいするでしょ」

(空気椅子って訓練にもなるし。人間椅子もそんな感じよ)

 だからこれは確かに恋人としてのイチャイチャをアピールするつもりで言ったことだが決していかがわしい行為ではないはずだ。

 そう結論付けた私はオスキャルの両肩に手を乗せ、真っすぐ視線を合わせ口を開いた。


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