「そんなの嫌よ。イェッタの目的がオスキャルだった以上、負けたくないわ」
「でも当初の目的の妖精姫という呼び方の出所が判明したんだだから別に──、え? 負けたくない?」
私の言葉を復唱したオスキャルがピシッと固まる。
(そんなに驚かなくてもいいじゃない)
確かにオスキャルの言う通り、別にこんな勝負無視してしまってもいいだろう。もし私が本当にオスキャルの恋人だったなら……いや、たとえ恋人だったとしても、イェッタには関係ない。
彼女に勝っても負けても私の立ち位置は変わらないし、オスキャルの立場も変わらない。
でも、どうしてだろうか。
「負けたくないに決まってるじゃない」
──そう思ってしまったのだから。
「えっ、えっ、そんなに負けず嫌いでしたっけ? えっ、もしかしてエヴァ様、嫉妬……」
ポツリと呟かれた嫉妬という言葉に反論しようと反射的に口を開くが、そのままゆっくりと口を閉じる。
嫉妬。確かにそうかもしれない、と思ったのだ。
「そう……かも。嫉妬、そうね。だって貴方は私の唯一だもの」
体の弱かった幼い私を過保護に育てた父。母を奪ってしまったも同然なのに、母に一度も抱きしめて貰えないことが可哀そうだと代わる代わる抱きしめにきてくれた兄とふたりの姉。
憎んでもおかしくないのに愛情をみんなから与えられた私は、自分が選ぶことなく全てを与えられてきた。何も言わなくても全て揃い、わがままに育った自覚もある。
「俺がエヴァ様の唯一……! エヴァ様が嫉妬……! エッ、アッ、エッ!?」
「そうよ。オスキャル以外に護衛騎士いないんだから。というかソードマスターをホイホイ護衛になんて、いくら王族でもできることじゃないんだからね」
そんな私が、自身の人生で唯一選んだのがオスキャルなのだ。
(まぁ、そんなことわざわざ説明しないけど)
「あー、剣であり盾としてですよねー。知ってましたー」
「?」
何故か途端にやさぐれた表情になるオスキャル。そんな彼に思わず首を傾げつつも、私はキュポンとインク瓶の蓋を開けた。
「ま、なんでもいいか」
「なんでもいいとか言われた……これだから自分の興味以外に興味のない人は!」
キャンキャンと騒ぐオスキャルを無視し、私は用意した便箋へと視線を落とす。
「ハイハイ。えー、親愛なるイェッタ……いえ、別に親愛でもなんでもないわね。拗らせているイェッタ、は流石にダメか。んー、挑戦者イェッタ、決闘方法を言い渡す……これでいいでしょ」
「手紙の始まりですか? とんでもないですね、彼女貴族としてのプライド高そうだし平民設定のエヴァリンとして手紙送ると怒り狂いません?」
「既に怒り狂ってるからいいのよ」
「それ絶対良くないやつ」
私の説明を聞いたオスキャルが呆れたような声を漏らすが、それも華麗に流し、無事に決闘の通達書を書き上げたのだった。
◇◇◇
「信ッじられないのですけれど!」
オスキャルの予想通りプリプリと怒るのはもちろんイェッタである。
「あんなに失礼な手紙をいただいたのは初めてですわ!」
「決闘の通達書だもの、仕方ないわよ」
「通達書とは何かをご存知!? これだから平民は! それにどうして開催場所を私が用意することになりますのッ」
「平民差別は良くないわよ、謝罪なさい。それと、私は平民だから場所の用意とかできないの、だからいいじゃない」
「謝罪を要求する口で間髪入れずよくそんな図々しいことが言えますことね!?」
キーキーと喚くイェッタを軽く流し、彼女の隣に立っているミック公爵令息へと向き直った私がにこりと他所向きの笑顔を作る。
「本日はお招きありがとう、ミック公爵令息」
「あはは。可愛らしいお嬢さんからのお願いならば当然叶えなくてはね」
そうなのだ。本日のメインイベント、イェッタとの決闘の開催場所は、なんとハッケルト公爵家なのである。
(ま、そうなると思っていたけどね)
私もイェッタもこの国の人間ではない。そんな私たちが私闘のために用意できる場所なんて限られているだろう。もちろん王族だと明かして今回の合同訓練で使っている訓練場を借りることはできるだろうが、そうすると騎士たちの訓練場所をひとつ奪ってしまうことになる。
ただでさえ我が国の要請で訓練場をひとつ借り受けているのだ。流石にこんな個人的な張り合い、それも自国同士のやり取りで頼むのは気が引けたのだ。
その結果、イェッタの親戚であり、この国の貴族であるミック公爵令息に頼み場所を借りることになったのである。
ハッケルト公爵家へ着いた私たちは、ミック公爵令息の案内で裏庭へと向かった。裏庭は庭師により手入れされており、季節の花々が植えられているだけでなく、なんと噴水や池なんかもある。池にもいくつもの花が水面を飾っていて、流石公爵家という豪華な作りだ。
連れられた東屋もちょっとした神殿のようだと思うほど柱や屋根に装飾が施されており、そのせいで素の部分が出たのだろう。
平然と座る私とイェッタ、ミック公爵令息とは違い、何故かオスキャルが座った私の背後に立っていた。完全に気分は護衛らしい。いや、護衛で間違いはないのだけれど。
「オ、オスキャル様?」
「ちょ、オスキャル!」
「はい、エヴァさ──、あ」
焦った私の顔を見てミスに気付いたらしいオスキャルの腕を掴み、無理やり私の横に座らせる。