「違うの!? 貴女はオスキャル様の恋人でありながら、オスキャル様を愛されていない、一方的に彼からの愛を搾取しているということなのかしら!?」
「えぇっ!」
訓練する騎士や貴族令息たちを応援しに来た令嬢たちの視線すらも集めるこの状況に、流石に冷や汗が滲む。
しかも、私の護衛騎士であるオスキャルが一目散に駆けてくる。私を庇うためだろうが、今彼はこの言い合いの当事者だ。ややこしくなりそうでできれば来てほしくない……が、くそ。流石ソードマスター、それなりに距離があったのに、しれっともう私の一歩斜め前にスタンバってしまった。
「ど、どうしようかしら、この暴走レディ!?」
「エヴァ様、自己紹介ですか?」
「黙りなさい! 私は清廉な淑女であって暴走なんてしたことはないわッ」
ギロッとオスキャルを睨み黙らせた私だが、一番黙らせなければならないのは目の前のイェッタである。
そんな彼女は、私たちのこのやり取りが気に食わなかったのか、握った扇をわなわなと震わせていた。
「ずっと、ずっとずっと気になっておりました、貴女のその態度! 恋人同士というのは本来互いに想い合っているものなのに、貴女はいつも偉そうに振る舞うばかりでオスキャル様のこと、下僕だとでも勘違いなされているのかしら!」
(偉そうに……?)
イェッタから言われたその言葉にドキリとする。
確かに私は、いつも自分がしたいことばかりで彼を振り回してきてしまった。
オスキャルの仕事はあくまでも私を護衛することだ。私のわがままに付き合う必要はない。
(恋人ごっこまでさせて、得るものは私の好奇心を満たしたという事実だけ)
そう考えると、彼女の指摘が事実として刺さる。
「……。ちょ、エヴァ様、そこで反論してくださらないと俺を下僕と思っている、で確定してしまうのですが」
「あ、え? ごめんなさい。少し考え事をしてしまって」
(それに、イェッタの言い方だとまるで私がオスキャルを想ってないみたいじゃない)
そんなことはない。
彼を選んだのは私自身だし、オスキャルは忘れてしまったかもしれないが、私は彼を忘れなかった。
確かに今演じているような恋人同士ではないけれど、私にとってオスキャルは大事で、唯一なのだから。だから、と内心言い訳をした私は胸を張って声をあげる。
「ちゃんと! 私だってオスキャルを愛してるわよッ! イェッタには負けないわ!」
「えっ!? アッアッアッアッ」
「わ、私だって、ずっとオスキャル様を慕ってましたわ!」
「エヴァ様、今の、アッアッ、ワンモア……」
「何度だって言ってあげる。イェッタ、貴女には負けない!」
「そっちじゃない、そっちじゃないですエヴァ様」
「黙りなさいオスキャル! 今私はキャットファイトをしてるのよ!」
「負けない、私だって負けませんわ!」
「アッアッアッ」
横でキュゥンと小さく鳴くオスキャルを無視し、イェッタにそう断言すると彼女も私の言葉に乗りそう言い切った。
「「いいわ、勝負よ!」」
ギギギと互いに睨み合いながらそう宣言した私たちは、フンッと大きく顔を逸らす。
(絶対に負けないわ)
その場の注目を全てかっさらいつつ、そうして波乱の一日が幕を閉じたのだった。
◇◇◇
「エ、エヴァ様! 今日のは何なんですか、そのっ、詳しく聞きたいんですけどもっ!」
その日の訓練を終えたオスキャルと一緒にリンディ国で丸まる借りている宿まで戻った私たち。部屋に戻るとすぐに頬をじわりと赤らめたオスキャルにそう詰め寄られ、『こんなに顔を赤らめるなんてやっぱりオスキャル、ソードマスターの中で唯一モテてないんだわ』なんて失礼なことを考える。
(これじゃ、イェッタを負かす前に偽の恋人ってバレちゃうんじゃない?)
そんな考えに思い至った私は、自身の顎に指先を添えながらオスキャルへと向き直った。
「ちょっとオスキャル。ちゃんと恋人っぽくエ~ヴァリンッて呼んでみなさいよ。私もオスキャルのこと、キャルキャルって呼ぶから」
「やめてください、俺は怒れる文鳥ですか? 騎士の尊厳が壊される」
さっきまで顔を赤らめながらもじもじとしていたオスキャルが、私の言葉を聞いた瞬間表情を消す。無、というよりむしろ氷点下で氷漬けにでもなったかのように彼の瞳から光が失われたのを見て、私はムスッと唇を突き出した。
「なんでよ、いいじゃない。減るもんじゃないし」
「尊厳が減り精神もすり減ってますけど」
ムムム、と睨み合うように顔を突き合わせる。だが、今はそんなことをしている場合ではない。はぁ、とため息を吐いた私は仕方なく睨むのをやめて顔をあげた。
(そもそも負けないとは言ったけど……どうやって勝負をつければいいのかしら)
「確実に勝てる勝負って何があるかしら」
私のその言葉に、さっきまで半分しか開いていなかったオスキャルがきょとんと目を見開く。
「勝てる内容での勝負を選ぶんですか?」
「何よ。負けて欲しいの?」
「別に負けてもペナルティがあるわけでもないですし、護衛としてはエヴァ様が大人しくしてくれている方がありがたいですけどね」
自分が今回の話の中心にも関わらず、クールぶったオスキャルがさらりとそんなことを口にする。
そんな彼にはぁ、と小さくため息を吐いた私は、少しだけ感じる気恥しさから顔を逸らした。