それは、──が笑顔だったけれど。
それでもまるで私に笑いかけてくれたように感じ心臓が早鐘を打っていた。
いつかその笑顔が私へ向けられたらいい。心のどこかではそんな日は来ないのだと、彼の瞳に自分は映らないのだと気付いていたけれど、その事実からは目を逸らす。
だってもし気付いていると、私自身が〝理解して〟しまったら。
「絶対、認めてなんてあげないんだから……」
そう、私はひとり、対して価値のない決意を溢したのだった。
◇◇◇
「イェッタ。コーニング伯爵家のイェッタ・コーニングよ」
言われたその名前に唖然とする。まさか彼女が隣国ではなく、自国の貴族だったとは想像もしなかったのだ。
(コーニング伯爵家には、確かにイェッタという名前の令嬢がいたわね)
自国の貴族のことだ。顔までは知らなかったものの情報としてはある。
一人娘で年齢は私よりひとつ上の二十歳。貴族令嬢にしては珍しく、十六の成人を過ぎてもまだ婚約者がいない。一人娘であるがゆえに相手を選ぶのに慎重になっているのかと思っていたが、わざわざ隣国まで来て騎士の合同訓練を見ているのだから、この合同訓練する隣国の高位貴族の中に想い人がいて、婚約者を作ることを拒絶しているのかもしれない。
一人娘の彼女は家を継がねばならず、隣国へ嫁ぐことはできないからだ。
だが、本当に隣国貴族の令息に想いを向けているのだろうか。
そう考えて首を捻る。
(普通に考えれば隣国の貴族令息よね。だってここは隣国なんだもの)
しかし彼女の視線はオスキャルへと向けられていた──が、これに関しては教える側だから目についた、もしくは想い人を厳しく叱るオスキャルに苛立っている可能性もなくはない。だってオスキャルだし。
それより自国の近衛騎士たちの可能性だってあるだろう。
私がオスキャルの恋人としてついてきたように、彼らも恋人として彼女を連れてきた可能性もあるし、彼らに片想いしている可能性もある。
何しろ何故か今回選ばれた近衛騎士たちは全員やたらと顔がいいのだ。
それはもうべらぼうに顔がいい。
(まさかここにきてこんなに伏兵が出てくるなんて)
顔がいい近衛騎士たちのせいでより難易度が上がってしまっている。いくら私が名探偵といえど、この謎はなかなか解けないかも、なんて思いながら再び彼女へと視線を向けた私はひゅっと息を呑んだ。
そして私は彼女の表情に目を奪われる。
──何故なら、彼女の目的は、いや彼女の想い人はオスキャルだと、そう気付いてしまったから。
何故気付いたのかと聞かれると、ただ女の勘としか答えられないが、それでも確かにそう思ったのだ。
彼女の熱っぽい視線、彼女の纏う空気。
いつか国のためにする政略結婚を受け入れている私にとっては恋なんてする意味がなく、だからこそあえて鈍感に目を背けてきたけれど。
(イェッタは、オスキャルが好きなのね)
そんな私にすらわかるほどの恋情を抱いているということなのかもしれない。
「貴女、オスキャル様の恋人ということだけれど」
「……え、あ、あー、はい。そうですね」
「彼は最年少ソードマスターよ。平民が結婚相手にはなれないわ」
彼女の気持ちに気付いてしまったからか、少し気まずくなりつつ返事をした私にそうハッキリと告げたイェッタ。そんな彼女の言い分に思わずムッとしてしまう。
ソードマスターの結婚相手の条件は自国の相手であることのみで、貴賤は問わない。
ならば考えられる理由はあとひとつだ。
「それは魔力がないからって意味かしら?」
「えぇ。そうよ」
あっさりとそう断言され、私は更に苛立った。
平民に魔力はほぼない。だが貴族にだって半々だ。それに実際の私は平民どころか王族で、彼女にオスキャルとの付き合いを言われるいわれなどないどころか、王族である私に一介の貴族令嬢がそんなことを言う資格など当然ない。不敬罪や、場合によっては反逆罪で投獄することだってできる。それほどまでに王族の結婚とは重要だからだ。
けれど、私に魔力がないことは事実で、だからこそオスキャルの相手として不足していると言われたように聞こえ、つい口ごもってしまう。
「……貴女はあるの、魔力」
「少しだけね」
そう一言だけ返事をした彼女だが、何故か『だから貴女とは違い私には権利があるの』なんて嫌みまで言われた気がした。
もちろんそんなことは一言も言ってないのだが、それでもそんな含みを持たせているように聞こえてしまったのだ。
「まぁ、それはあの邪魔な幽霊姫にも言えるんですけれど、そこは問題ありませんわ」
突然イェッタが自分の話題を出し、私はビクリと肩を小さく跳ねさせる。
(私に魔力がないことは有名な話だもの)
オスキャルの相手に魔力が、という話をしていたのだ。だから王女の私も『問題がない』ということだろうか。王族なのに?
確かに私には魔力はないが、本来魔力とは血統による継承だ。確証はないが、私の子供には私と違い魔力が発現する可能性は十分にある。魔力を持った子供が生まれる可能性はがあるならば、当然『魔力がないから』と安心するのは早い。それに王族特有の色を全て持って生まれた私を見て、血筋を疑うこともないはずだ。
恋人である〝平民のエヴァリン〟が邪魔なのと同じくらい、彼の本来の仕事である末の王女の専属護衛騎士という立場上〝リンディ国第三王女・エーヴァファリン〟が邪魔だというならば理解できた。むしろ王女の方が、王命で結婚を強要──なんてこともできるのでオスキャルを慕う彼女にとっては邪魔であり脅威だろう。
それなのに『問題ない』とはどういうことだろうか。
その怪訝な顔に気が付いたのだろう。
ハッとしたイェッタが、やれやれといったような表情になりながら、訓練で今にも倒れそうになっているミック公爵令息を何故か指さした。